「日野は帰るのだめ」
ニコニコしてる成田さんではなく、木下さんが僕を止める言葉を口にした。
「帰るならジロー」
「何でだよ」
「元々、今日は花純と日野とあたしで集まる予定だったんだよ。あんたはいさせてもらうだけありがたいと思いなさいよ」
「美玲が彼氏と放課後会うって聞いたから」
「情報早すぎんのよ。あと、それノリだし。日野は彼氏じゃないし」
「違うのかよ。それをもっと早く言え」
椅子に深くもたれかかる彼は安堵の表情を見せた。
僕が木下さんの彼氏だと勘違いしていたのか。
それで、あんなに敵意むき出しにして、あたりが強かったのか。
とんだとばっちりじゃないか。
「この度は申し訳ありませんでした」
「え、あ、いや。べつに……」
テーブルにごつんと額をつけて謝罪をする。
彼の後頭部が反省を表している。
「たまに周りが見えなくなっちまうんだ」
たまに、というか木下さんに関しては周りが見えなくなるんだろうな。
素直に謝るところも含めて、まっすぐな性格らしい。
それは彼だけでなく、成田さんと木下さんにも言える。
ここにいる3人ともまぶしいくらい、まっすぐだ。
「べつにいいよ」
「優しいな、お前。名前は何?」
「日野瑞季くんだよ!」
「何で花純が答えるの」
名前を聞かれるけど、僕より早く成田さんが答えた。
成田さんはよくわからないところで誇らしげにする。
今も、顎を軽く上げて威張っている。
それを見た木下さんはおかしそうにケタケタ笑う。
僕は名前を先に言われ、ツッコミも先に言われてしまったから、とりあえず頷いておいた。
「日野瑞季、いい名前だな」
「どうも」
「俺は秋山二郎。三男なのに二郎なんだぜ。ウケるだろ?」
「はぁ」
「ジローって呼んでな。瑞季」
僕が木下さんの彼氏ではないとわかった瞬間の手のひら返しがすごいな。
それだけ木下さんのことが好きということか。
そういう気持ちはよくわからないけど。
「うん」
「ほら、呼んで」
「今?」
「今以外ねぇだろ。瑞季みたいなやつ、気を抜くと名前を呼んでくれないからな」
この3人は本当に似ているな。
名前のやりとり、3回目だ。
「わかった。ジロー」
「よし。よろしくな、瑞季」
次は握手だろうか。
最近の経験上、この流れは握手と予想。
だけど、僕の予想とは違い出されたのは握られた拳。
これは初めてだ。