「急いでるから」
救急隊のひとりに、軽く肩を押されて後ろに数歩下がる。
呆然と立ち尽くす僕だけど、思考だけは巡らせていた。
今日死ぬ運命だった男性。
ふらついて道路に出てしまったんだろう。
そのタイミングで車が来てぶつかった。
僕が着いた時には、男性の心臓が止まっていた。
今日、死ぬ運命なのだから、本来ならそのまま一生目を覚ますことはないはず。
だけど、目を覚ました。
余命が1年増えていた。
彼は、今日、死なない。
呼吸の仕方を忘れたかのように乱れ始める。
頭が痛い。
どういうことだ?
変えられないはずの運命が変わっている。
それって、なんだか……。
「あれ?瑞季くんじゃん」
ビクッと大きく肩が跳ね上がった。
今、まさに僕の頭の中に浮かんだ人物の声。
さっき、必死に人混みをかき分けて、今日死ぬ運命の男性に駆け寄り触れていた人。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。野次馬?」
「…………」
「びっくりしたよね。でも、さっきの人、心臓動いたみたいでよかった」
さっきの成田さんの行動を、僕が見ていないとでも思っているのだろうか。
ニコニコと笑顔の成田さんは、さっきの人が生死をさまよっていることを知らないみたい。
いや、逆だ。
あの人が生きることを確信しているみたいだ。
心臓がうるさく音を立てて完全に不整脈になり、体ごと壊れるんじゃないかと思う。
「……さっきの人、知り合い?」
「ううん。知らないよ」
知り合いじゃないのに、駆け寄って触れるのは不自然だ。
加速する心音のせいで、心臓が口から飛び出しそう。
気持ちを整え、浮かび上がった仮定を整理する。
1年という単位。
余命が1年減ったことのある成田さんと、余命が1年増えた男性。
この場に、神が決めた運命を変えたふたりがいたこと。
関係ないと思いたいけど、関係があると結びつけるほうが合点はいく。
もし、もしそうだとするならば……。