成田さんが大きく手を振る。

僕も手を振り返して、成田さんが家に入るのを待つ。

完全にドアが閉まるのを確認してから歩き出す。

あとは僕も家に帰るだけ。


……旅行か。

友達と遠出とかしたことない。

成田さんがいたらいろいろハプニングが起こりそうだな。

ジローと木下さんもやらかしそう。

だけど、それすら笑顔に変えてしまうんだろう。

想像しただけで自然と口角が上がる。

ひとりで笑ってるなんて気持ち悪いな。

そう思いつつも抑えられなくて、少し俯き手で口元を隠す。


―――ガタッ


建設中のマンションの横を通った時、頭上から音が聞こえて顔を上げる。

視界に入ったのは揺れている鉄骨。

おいおい、やばいな。

落ちてきそうな鉄骨を見て危機を感じ、マンションから離れる。


「あ、ダンゴムシだ」
「帰るよー」


スモッグを着た幼稚園の男の子が、僕がさっき危機を感じた場所で止まる。
お母さんはお腹が大きいから、妊娠しているらしい。
振り返って男の子に声をかけるけど、男の子はダンゴムシに夢中だ。


「帰ってご飯食べよう」
「まって、つかまえる」

お母さんに声をかけられてもその場を動かない。


「うわぁ!!」
「やばい!!」


男の子を見ていると上からそんな声が聞こえた。

見上げると鉄骨がぐらっと傾いて落ちる。

職人らしき人の顔が米粒くらいの大きさで見えた。

焦って鉄骨の落ちるであろう経路を瞬時に目で追うと、そこにはまだダンゴムシに夢中の男の子。


「よーちゃん!!」


気づいたお母さんの叫び声で男の子が顔を上げる。
けど、お母さんは身重な体なため動きが遅い。

それよりも先に動き出していた僕のほうが男の子に近い。

だけどその時にはすでに鉄骨は地上3メートルほどまで落下している。

すべてがスローモーションに見えるけど、思考だけは早く回っていた。

何とか鉄骨と男の子の間に入り、男の子を思いきりお母さんのほうへ突き飛ばす。


【72.301】


男の子に触れた瞬間に見えた数字は多くて安心した。
あの子は大丈夫だ。

よかった。

そう思ったのもつかの間、今まで感じたこともない衝撃に襲われ、世界が真っ暗になった。