「よし、完璧です。これでどこに出しても恥ずかしくないお肉が出来上がりました!」

「俺の手をお肉って言うのはやめろ」

「えへへ……あ、あの、もしかしてうざかったですか……?」

「……別に」

「だって、なんだか先輩の顔色が赤いから、怒ってるのかと思って……いつもの顔色が#FFEBCDなら、今は#FFDAB9くらいの差がありますよ」

「なんだその呪文は」

「カラーコードです」

「そんな専門用語で例えられてもわからん!」

 俺は咄嗟に星乃から顔を背ける。カラーコードはわからないが、自分の顔が火照っているだろうという事はなんとなくわかる。

 なおも覗き込んでこようとする星乃から顔を背けつつ、俺達は駅へと歩き出した。
 



 それから三日後。俺と星乃は出来上がった粘土の林檎を持って、再び美術準備室を訪れる。

「しばらく行くのは控える」と言った舌の根も乾かぬうちに、と思うだろうが、そもそも林檎なんてさほど時間をかけて作るものでもなく、むしろ時間をかければかけるほど、なんだか実物からかけ離れて行くような気がする。

 自分の目が信じられなくなってくるのだ。果たしてこれは林檎なのか? と何度も自問するも、どんどんわからなくなってくる。

 一応霧吹きで湿らせたり、濡れた布も被せて粘土が完全に乾燥しないよう調整しておいたのだが

「先輩! 今日です! 今日がベストタイミングです! 今日こそ先生に林檎を見てもらいましょう! そしてアドバイスをもらいましょう!」

 という星乃の言葉でそうなってしまったのだ。俺は美術にそれほど明るくないし、星乃がそう言うのなら、今日がベストタイミングとやらなんだろう。

 それに、林檎が上手く作れない事で行き詰まりを感じていて、アドバイスを貰えるものなら貰いたいとも思っていた。

 二人でそれぞれ林檎を持ったまま、美術室を出る。

 いつも通り美術準備室に先生はいたが、俺達を見ると無言のまま、なぜか怪訝そうな目を向けてくる。

 もしかして、いまだ顔と名前を憶えられていない? 俺はともかく、星乃は毎日のように押しかけていたはずなのに。

 あるいは「押して駄目なら引いてみろ」というのは、自分に好意を抱いている相手限定に通用するテクニックであり、たとえば道端の石ころにすぎないような存在に対しては効果が無いという事なのか?