「ええと、肖像画の持ち主だったっていうその小鳥遊先輩が、何かの拍子にうっかり顔の部分をベンジンか何かで汚してしまって、なんとか元に戻そうと試行錯誤したものの、どうにもならなくて、いっその事塗り潰してしまえ……となったとか」

「そんな馬鹿な」

「ほら、なにか物を壊したり、汚しちゃった時に、その証拠を隠そうとした事ってありませんか? それと同じで、小鳥遊先輩は自分のせいで肖像画が台無しになった事を知られたくなかったから、誰にも見せなかったし、クローゼットの奥なんかに隠したりしたんですよ。絵画ごと処分しなかったのは、汚れてしまっても、その絵が小鳥遊先輩にとって大切なものだったから。自分が気に入ってるものとか、価値のあるものが壊れても、中々処分できない事ってないですか? 私はあります。子どもの頃に買ってもらったぬいぐるみ。もうボロボロだけど、どうしても処分できないんですよね」

 そういう意味なら俺にも心当たりはある。壊れても捨てられないものがいくつか。きっと、それらに思い出だとかの形にできないものが付随しているからだ。

「それと一緒です。いくら絵だとはいっても、進んで自分の顔を塗り潰すなんて、普通しないですよね? でも、自分の不注意でどうにもならないほど汚れてしまったのなら、もう真っ黒にしたほうがましだと思ったり……しませんか?」

「まさか……確かに俺も子どもの頃に失敗を隠ぺいしようとした記憶はあるが……いや、でも、どうだろう……」

「特に、頼み込んでやっと描いて貰った絵だったって事だし、先生に対してもそんな簡単に『汚しちゃったので修正してください』とは言えなかったんじゃないでしょうか。もしかすると、あのカンバスの裏に描かれた言葉『I wish I could draw a picture』。あれは『自分にもっと絵の技量があれば、肖像画を修正できたのに』という意味の小鳥遊先輩の言葉だったとは考えられませんか?」

 まさかそんな理由で……?
 しかし俺にはそれを論破できるような考えも浮かばなかった。