「それにしても蜂谷先生にあんな事情があったとはな。それなら美術部に入部できない理由もなんとなく理解できる。自分はろくに絵を描けないのに、教え子たちは自由に絵を描いているだなんて、複雑な気分だろうな」

 翌日の放課後。腕組みした俺は視線を落とす。林檎作りの合間の休憩時。

 今日も蜂谷先生には入部届を受け取って貰えなかった。入部届の書き方なんて関係ないという赤坂の話が真実だったという事だろうか。

「でも、先生は亡くなった小鳥遊先輩の肖像画を描いたんですよ。赤坂先輩だって言ってたじゃないですか。『ちゃんと見えたままの姿を描いた』って。それって、先生は本当は絵を描けるって事じゃないんでしょうか?」

「それならどうして先生は今も絵を描かないんだ? 矛盾してるだろ」

「それは……赤坂先輩の話によると、小鳥遊先輩の肖像画の顔の部分が塗りつぶされていたからだとか。もしかすると精神的なものかもしれません。だって、せっかく描いた肖像画のメインともいえる顔の部分が塗りつぶされていた上に、返却されてきたらショックでしょ? それが原因で今は絵が描けないとか」

「それも疑問なんだが、そもそもどうして顔が塗りつぶされていたんだ?」

「それは私も気になってました。蓮上先輩はどう思います? 誰が何のために顔の部分だけを塗り潰したのか」

 しばし考える。

「俺は、そうだな……その小鳥遊先輩とやらが自分でやった、かな」

「理由は?」

「肖像画の中の自分は健康な姿のままなのに、実際の自分はどんどん病み、衰えていく。その落差に耐えられなくなって顔を塗り潰したんだ」

「うーん。結構重いですね」

「顔に傷を負った女性とかが、それを見るのを嫌って、鏡を極端に遠ざけたりするような例があるって聞いた事がある気がする。酷いのになると鏡を破壊までするとか。それと似たようなものじゃないかと思ったんだ」

「でも、それだと顔だけを塗りつぶした意味がわかりません。そんなに嫌なら肖像画ごと処分してしまえばいいはずですもん」

「そうなんだよな。捨てるなり切り裂くなりしたほうがよっぽど手っ取り早い……そういう君はどう思ってるんだ?」

 逆に尋ねられた星乃は、俺の真似をするように、腕組みしながら考える素振りを見せる