おじいちゃんを家に送り届けた後、悠くんとわたしはおじいちゃんの御家族から列車事故の話を聞いた。

先生と、先生を追いかけて汽車に乗った春ちゃんは脱線事故で亡くなったそうだ。その時、遺品として引き取り手のなかった時計を誰かが悠くんのおじいちゃんの時計屋さんに預けたのだろうという話だった。

「もう、誰も引取りに来ないなら、それは悠くんが持っていてあげて。おじいちゃんが見るとまた思い出しちゃうから」

おばさんがそう言うので、悠くんは分かりましたと言って時計を預かることになった。

その時、時計の針は11時55分くらいを指していた。進むんじゃなくて戻っちゃう時計なんて、時計の役割はできそうにない。

でもなんとなく、その時計は持ち主を求めているんじゃないかっていう気がした。

はるばる海を渡ってきて、先生に贈られるはずだった時計。

使われることなく、何年も時計屋さんの棚に眠っていたなんて。

生徒達から先生に贈られたあの駅の光景だけが、この時計が刻んだ唯一の時だったのかもしれない。そう思うとなんだか泣けてしまった。

「真姫ちゃん……、僕、この時計大切にするよ。たとえ動かなくても」

「うん。悠くん、この時計が似合うような大人になってよね」

そんなことがあってしばらくは、時計は悠くんのバッグにいつもぶら下がっていた。


二人でバスに乗っている時のことだった。

悠くんはいつものように立っていた人に席を譲る。わたしが譲った方がいいかなって考えた瞬間には、悠くんは流れるように席を立ち「どうぞ」って言ってる。

「どうぞ」

わたしは立ち上がって悠くんに席を譲る。

「どうしたの?」って目を丸くする悠くんに、「練習だよ。席を譲る練習」って言ったら、悠くんはおとなしくわたしの荷物を持って狭いシートに身を縮めるようにして座る。

片手はわたしの手と繋いで、反対の手はリュックにぶら下がった懐中時計を掌に乗せている。

「あ、ね、今の……」

悠くんがわたしを見上げて、今何か感じなかった?って聞いてくる。

わたしは首を横に振ると、懐中時計を覗き込んだ。

そんなことが最近続いていたから、きっと今も時計の針が少しだけ後ろに回ったのだと分かった。

「あ!」

わたしもそのタイミングで閃いたことがあった。

「前は横断歩道おばあちゃんと一緒に渡った時で、その前はロッカーの鍵無くしたの一緒に探してあげた時だったよね」

悠くんが誰かの為に何かをした時に、時計の針が動く。

「これってつまり、いいことをした時に針が動くんじゃない?」

「えぇ! そんなことあるかなぁ、だっていいことなんて主観的な問題だよね。それに、針がちょっとだけ動いても時計としては意味がないよ」

「違うかぁ……。じゃあさ、時計が悠くんの優しさに感動して震えてるっていうのは?」

互いに顔を見合わせて、なんだか恥ずかしくなって笑った。非現実的だ。でもほんのちょっとだけ、本当にそうなんじゃないかなって思ってしまった。