日付変わって翌日。
 美咲が教室でも話しかけてこないか戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた瑞樹だったが、その心配はいらなかった。

「美咲に教えてもらった(ねこ)動画、昨日家で()たよ。むっちゃよかった!」

「本当!? あれがツボにはまるならね~……、こっちもオススメ!」

 朝、瑞樹が登校すると、美咲はクラスの女子たちと楽しげに話していた。女子の人間関係は難しいと聞くが、美咲はあっさり打ち解けてしまったようだ。きっと人の心をつかむのが、ものすごくうまいのだろう。三か月このクラスで過ごしてきて、いまだに話す相手がいない瑞樹とは大違いである。

 そのまま一日、美咲が瑞樹のところへ寄ってくることはなかった。

 やはり昨日の一件は、美咲の気まぐれだったのだろう。
 あっという間にクラスの〝仲間〟となった美咲を遠くから見つめ、瑞樹は思う。彼女と自分では、住んでいる世界が違うのだ。

 瑞樹にとっては、これがあるべき状態。昨日のことはお祭りのような非日常であり、今日からまたひとりの日々に戻るだけ。

 少し寂しさを覚えながらも、瑞樹は戻ってきた日常に胸をなで下ろし、前向きに気持ちを切り替えるのだった。

 しかし、放課後。

「あ、瑞樹君。お疲れ~」

 瑞樹がいつもと同じく書庫へ行くと、扉の前に美咲が立っていた。
 美咲は瑞樹の到着を待っていた様子で、手を振っている。
 瑞樹は……軽くめまいを覚えた。

「瑞樹君がいないから、書庫に入れなくて困っちゃった。その鍵って、どこで借りられるの? 職員室? 今度、借り方教えて。私が先になった時は、借りておくから」

 呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす瑞樹に向かって、美咲がとても親しげに話しかけてくる。すっかり〝お友達〟といった距離感だ。これが、(うわさ)に聞く(よう)キャというやつなのだろうか。

 だが、残念ながらそんな陽キャとは対極の位置にいる瑞樹は、昨日の今日で美咲のように距離を詰められない。というか、むしろ距離を置きたい。人と一緒にいると緊張で気疲れするので……。

「あの……藤枝さん、どうしてここに?」

「ん? どうしてって、昨日、『手伝う』って言ったじゃん?」

 瑞樹の問いかけに、美咲が「何を当たり前のことを」と言いたげな顔で答える。

 予想し得る中で最も回避したかった返答を(もら)ってしまい、瑞樹は立ち(くら)みを起こしそうになった。それでも気力を振り(しぼ)って倒れるのを回避し、最後の望みとばかりに、確認を重ねる。