人が来るはずのない書庫で、なぜ自分以外の声が？　しかも、聞いた限り女子の声っぽい。
　頭を混乱させたまま、瑞樹は声が聞こえた書架の方を振り返る。

　そこには、本日付でクラスメイトとなった転校生――美咲が立っていた。

「あ、こんにちは！　きみ、同じクラスの人だよね」

　瑞樹の存在に気が付いたらしい美咲が、にっこりと笑いながら声をかけてくる。

　今日転校してきたばかりで、もうクラスメイト全員の顔を覚えたのだろうか。人の顔を覚えられない瑞樹は、美咲の優れた記憶力に素直に感心する。

「あれ？　もしかして仕事中？　お邪魔(じゃま)だった？　ええと……」

「あー、えー、僕は秋山瑞樹です。それと、し、仕事中ではありますが、邪魔ということは……」

「そっか、よかった」

　瑞樹がどもったりつっかえたりしながら答えると、美咲はまたニコッと笑った。

「転校初日だから学校の中を探検してたんだけどね、なんか気になって入ってきちゃった。この部屋いいね、秘密基地みたいで」

　聞いてもいないのに、美咲が書架の本を眺めながら事情を話し出す。

　一方、女子とのちゃんとした会話なんて何年振りかというレベルの瑞樹は、なんと答えてよいかわからない。ひとまず、「そ、そうですか、そうですね」とだけ相槌(あいづち)を打っておく。

　すると、美咲が突然近寄ってきて、瑞樹の隣からパソコンの画面をのぞき込んできた。

「で、瑞樹君はそんな秘密基地的な場所で、何の仕事をしているの？」

「のわっ！」

　パソコンの画面を見た美咲が、至近距離で瑞樹の方に振り返る。しかも、いきなり名前呼びだった。

　一方瑞樹は、間近で美咲が振り返ると同時に悲鳴を上げ、壁際へ向かって逃げ出した。

　そのあまりにも素早い逃走(とうそう)と悲鳴に、美咲がポカンと口を開ける。

「あ……す、すみません。あなただけでなく、女子相手なら誰に対してもこういう対応を取るので、気にしないでください」

「うん、別にいいけど……。何？　瑞樹君は、女性恐怖症(きょうふしょう)なの？」

「女性恐怖症？　ハハハ。違いますよ。おひとり様歴が長すぎて、同年代とどう接したらいいのかわからないだけです。高校に入ってから、ただのひとりも友達を作ったことがないもので。自慢じゃありませんが、高校入学以来、クラスメイトから連絡以外で声をかけられたことはありません！　ちなみに同級生に下の名前を呼ばれたのは、小学校低学年以来です！」

「なんでボッチ宣言する時だけ、そんな爽(さわ)やかにスラスラと言葉が出てくるの。瑞樹君、実はめっちゃメンタル強いでしょ」

　美咲があり得ない生き物をでも見るような視線を、瑞樹に向ける。
　そして、どっと疲れた様子で「はあ……」とため息をついた。

「まあいいや。で、結局瑞樹君は、ここで何をしていたの？」

「ええと……、本を貸出できるようにするための準備作業とか、本の簡単な修理とか、色々と……。平たく言うと、図書室の裏方作業です」

「こんなところで、しかもひとりで？」

「ええ、まあ。裏方作業はほとんど僕が一手に引き受けているので。それに、だいたい毎日作業してるんで、この部屋も貸してもらっているんです」

「ひとりで毎日って、何それ、いじめ？　みんなでやればいいじゃない！」

　瑞樹の返答に、なぜか美咲が怒った様子で眉(まゆ)をつり上げる。
　誤解させたままにもできないので、瑞樹は「違います」と即座に首を振った。