いつもと同じ時間に家を出た瑞樹は、予鈴前に余裕の到着だ。つるむような相手もいないので、カバンから本を取り出し、読書をしながら時間を(つぶ)す。
 二十ページほど読んだところでチャイムが鳴り、担任が入ってきた。

 全員が席に着いたのを確認すると、担任は「オホン」と大きく咳払(せきばら)いをした。

「あー、昨日のホームルームでも連絡したが、今日からこのクラスに転校生が来ることになった」

 担任の言葉で、クラス中がざわめく。そこかしこから「どんな子かな?」「男? 女?」なんて声が聞こえてきた。

 高校二年生の七月に転校とは、ずいぶんと季節外れ。何か特別な事情がある生徒なのだろうか。
 クラスメイトたちのざわめきをBGMに、瑞樹はそんなことを考える。

「それじゃあ、早速紹介する。入ってきてくれ」

「――はい」

 担任に手招きされ、ひとりの女子生徒が教室の中に入ってきた。

 ほっそりした体つきと肩くらいまで伸ばした髪。制服も、スカートを折り曲げたりしないで、きっちり着ている。

 落ち着いた印象の子。
 それが、転校生に対して瑞樹が抱いた最初の印象だった。

「結構可愛(かわい)いな。キレイ系っていうかさ」

「俺、かなりタイプだわ。あとで声かけてみるか」

 隣の席の男子たちが、早速、転校生の容姿の話で盛り上がっている。もっとも、瑞樹には(えん)のないことであるが。

 すると、クラスの中を見回していた転校生と目が合った。

 瞬間、彼女がふわりと微笑(ほほえ)む。なんだか親しみを感じられる笑顔だった。

 ……って、いやいや、ちょっと待て。目が合ったら微笑んでくれたなんて、ただの気のせいだろう。たまたまそういう風に見えただけ。瑞樹を見て微笑む理由なんて、どこにもない。マンガやアニメの見すぎだ。あまりに痛すぎる。
 ただ、笑顔はともかくこの転校生の顔、どこかで見たことあるような……。

「はじめまして、藤枝(ふじえだ)美咲(みさき)といいます。中途半端な時期からですが、みなさん、よろしくお願いします」

 瑞樹が変な既視(きし)感を覚えている間に、転校生は自己紹介を済ませていた。

 担任に指示された美咲は、すでに用意されていた席に向かう。廊下側の一番後ろの席だ。彼女が席に着くと、隣の席の女子が早速話しかけていた。

 その様子を離れた場所から見ながら、瑞樹は思った。
 一瞬、妙なことを考えてしまったせいで(あせ)ったが、高校入学以来、女子とはまったく縁のない身空(みそら)だ。これから先、きっと彼女と関わることなどないだろう、と。

 ただ、瑞樹は気が付いていなかった。
 関わることはないと考える彼に、美咲がこっそり目を向けていたことに――。