「その……手伝いっていうのは、昨日限りのことじゃなかったんですか?」

「そんな薄情(はくじょう)なことしないって! 一度やるって言ったからには、最後まで付き合うよ!」

 美咲は善意一〇〇パーセントの笑顔を浮かべながら、「一緒にがんばろうね!」と瑞樹の肩を(たた)く。昨日と同じく意識が飛びかけたが、今回はどうにか耐えた。

 恐らく普通の男子なら、この申し出に諸手(もろて)を上げて喜ぶところなのだろう。

 だが、ボッチをこじらせた瑞樹の感想は真逆だ。毎日、女子と書庫にふたりきりとか……メンタルが持たない。

 瑞樹は自分のメンタル崩壊と美咲の厚意(こうい)を断る罪悪感を天秤(てんびん)にかける。そして、とても悪いことをしている気分になりながらも、最後の抵抗を試みることに決めた。

「しかしですね、これは図書委員の仕事であるわけで……。藤枝さんに、そこまでしてもらうわけには……」

「昨日も言ったけど、遠慮しないで。それに瑞樹君だって、自分の意思で仕事を引き受けているんでしょ? 図書委員としての〝普通の〟活動範囲を超えて」

「いやまあ、それはそうなんですが……」

「私も、瑞樹君と同じだよ。私も、この仕事は意味のあることだと思ったから、手伝うことにしたの。それって、何かおかしい?」

「いえ、まったく微塵(みじん)もおかしなところがないです……けど……」

「あ……それとも、やっぱり私みたいな素人(しろうと)がいると邪魔ってこと……かな?」

 美咲がしょんぼりした様子で(うつむ)く。瑞樹が抵抗する理由を勘違いしたらしい。

 瑞樹は……罪悪感でもう立っていることさえできなくなりそうだった。

 元々、美咲の厚意(こうい)を断ることに気がとがめていたのだ。こんなことを言われてしまうと、もう逆に断る勇気の方がなくなってしまう。
 瑞樹は、降参(こうさん)するように息を吐いた。

「……いいえ、邪魔なんてことはありません。第一、僕だって藤枝さんに偉そうにできるほど、この仕事の経験が豊富ってわけでもないですし」

「それじゃあ――」

「藤枝さんの言う通り、この仕事は僕が勝手にやっていることです。だから、藤枝さんが手伝いたいと言うのであれば、止める権利はありません。とんでもなく地味な作業で恐縮(きょうしゅく)ですが、よろしくお願いします」

 そう言って、瑞樹は美咲に向かって頭を下げる。

 すると美咲も、「こちらこそ、よろしくね!」と表情を輝かせた。

 喜んでもらえたようで、よかった。美咲と一緒にいることで吹っ飛びそうなメンタルは……まあ、気合を入れて持ちこたえよう、と瑞樹は心に(ちか)った。

「じゃあ、話もまとまったし、早速お仕事しよう! 瑞樹君、早く開けて!」

「別にそこまで張り切らなくてもいいですよ。のんびりやってる仕事ですし」

「あと、私のことは美咲でいいよ! 名字とか、よそよそしいじゃん。それと、敬語もいらないし。タメ口で話してほしいな」

「な、名前ですか? それはちょっとハードルが高いというか……。それに敬語は、その……一種の自己防衛本能というか、なんというか……。すみませんが、どちらも前向きに努力するということでお許しを……」

 さらに距離を詰めてこようとする美咲に、瑞樹はしどろもどろで答える。
 ()たして自分は、このテンションにどこまでついていけるのか。彼女を名前で呼べる日なんて来るのか。
 瑞樹は先行きに不安を感じながら、書庫の扉を開いた。