武下樹のことがあってからピアノを弾いていなかったという陸くんの言葉が嘘のように、必死に武下樹のピアノについていく陸くんの指さばきは素晴らしいものだった。滑るような指、テンポが速くなる。重なり合う2つのメロディーが、1人で弾いていた時よりも深みを増すように、生き生きと響き渡る。

 その時、武下樹は自分の座るピアノの椅子の半分をそっと空けた。それを見た陸くんが、その椅子に座る。肩と肩がぶつかり合う距離感も2人にはなんの違和感もないように見えた。

 さらにリズムが速くなる。

 その表現力にみんなが夢中で2人を見つめた。

 時折、目を合わせる2人の口元は楽しんでいるように微笑んでいた。

 ラストのサビが勢いを増すと、周りから手拍子が巻き起こった。

 このゾクゾクとした感覚。

 駅構内に響く電車のアナウンスさえも2人のピアノにかき消された――――。