教室に着くと、もうすでに蒼生くんは来ていた。

 声をかけようとしたとき「新菜ちゃん!」私の後を追うように柚が飛び込んで来た。

「柚、どうしたの」

「ちょっといい?」

「うん、いいけど」

 私はカバンを置くと廊下に出た。もうすぐチャイムも鳴るというのに、教室の前ではたくさんの生徒が騒いでいる。それを見つめながら私は柚の話を聞いていた。

「え!?」

「しーっ! 新菜ちゃん声大きい!」

「だって! 柚、今なんて……」

「だから、吉岡先生と……付き合うことになったの」

「柚、でも大丈夫なの?」

「なにが?」

「なにがって、今、生徒と教師が付き合うなんて表立って言えないでしょ。ほら、なんていうか……」

「うん、まぁね。今の世の中そんなのがバレたら大変だもんね。でも誰にも言ってないんだ」

「柚……でもさ」

 柚の嬉しそうな笑顔とはうらはらに、なんだか分からない不安が押し寄せていた。

「吉岡先生すごく優しくて。みんなが先生を好きになるのが分かる気がするなって。学校にいるときと家にいるときと、ぜんぜん変わらなく優しくて」

 家にいるときと……。

「柚まさか……」

「……うん、先生ならいいって思ったんだ」

「柚……ねえ、柚、本当に大丈夫なの?」

「どうしたの? 新菜ちゃん。そんな恐い顔して」

「……」

「ほらーチャイム鳴るぞー。自分の教室戻れよー」

 うちの担任の大声が聞こえたと同時にチャイムが鳴った。慌てるように教室に戻る生徒たちを横目に私は立ち尽くしていた。

「新菜ちゃん、またねー。このことは秘密だよー」

「柚……」

 私は、笑顔で手を振る柚が心配でならなかった。