ずっと、自分のものだと思っていた。
物心つく頃には既に、傍らに五弦がいた。
隆彦の両親と五弦の父が同郷だと聞いたことがあるが、どういう経緯で家族ぐるみの付き合いになったのかは知らない。聞いたような気もするが、とっくに忘れた。
隆彦が歩くとついて来る。隆彦が座ると隣に座る。他のやつと話していても、呼べばちゃんと傍に戻って来る。
振り返ると、へにゃりと間の抜けた笑みが返ってくる。
「たーくん。」
子どもっぽい呼び名は、本当は嫌いだ。だけど、五弦だけは許してあげた。子どもっぽい子だから、仕方ないのだ。
五弦は鈍臭い。ちょっとしたデコボコや、めくれたカーペットに足を引っ掛けて、べちゃりと転ぶ。
しかも弱虫の泣き虫だ。クマとかライオンとか大きい動物ならまだしも、ピョンピョン地面を飛び跳ねるカエルすら怖がる。
だから、隆彦は先を歩いてあげる。
だから、五弦を後ろに隠してあげる。
自分のものを守るのは、当たり前のことだから。
***
「たー君、ここどこだろう?」
気がつくと、傍らに五弦がいた。
二人は上下が分からないほど真っ暗な場所に立っていた。少し離れただけで、お互いが見えなくなってしまいそうだ。五弦がしゅんと眉を八の字にした。
「もう、夜なのかな? でも、星も、街灯も見えないね。」
「さあね。でも山奥って訳でもないみたいだよ。」
山や森の中にしては草木の匂いを感じない。雪の夜のように静かで、風が枝葉を揺らす音もしない。靴越しに感じる感触はジャリジャリとした砂交じりの土だ。木の根などはなく平らだが、舗装はされていない均しただけの場所のようだ。
「歩いてたらどっか出るでしょ。」
隆彦は歩き出す。後ろから五弦がついて来た。道は、緩やかに下っているようだった。
どのくらい進んだのか、やがて隆彦は息が苦しくなってきた。振り返る。不安そうに眉尻を下げているものの、五弦に変わった様子はない。隆彦は首を傾げて、また前を向いた。
それにしても、ここはどこなのだろう。どうして、自分達はこんな所にいるのだろう。
進めば進むほど、水底へ深く潜っていくように、息は苦しくなっていく。まるで何かが隆彦を地面に縫い付けようとしているように、体は重くなっていく。
一歩が遠い。
いつの間にか、五弦が隣に並んでいた。彼女はいつも通りだ。ただ、その顔と瞳は一歩ごとに不安と悲しみの色を濃くしていく。
ついに隆彦の足が止まる。上体が崩れそうになり、膝に手をついて支えた。
五弦のまあるい目がゆらりと揺れた。
「たー君。」
「……なに。」
「たー君は、こっちに来ちゃダメみたい。たぶん。」
「どういうこと?」
隆彦が顔を上げると、五弦は苦笑していた。
「ごめんね。もっと早く思い出せば良かったね。そしたら、たー君早く帰れたのに。」
「何、道が分かったの?」
「うん。」
五弦はすっと後方、今歩いてきた方を指さした。
「たー君、反対側に来ちゃったんだよ。今すぐ戻らなきゃ。」
「何それ、早く言ってよね……。」
はぁーっと深く息をついて、隆彦は起き上がった。きびすを返す。二歩目で幼なじみがついて来ないことに気がついた。振り返る。
「イツル。」
彼女は動かない。隆彦は怪訝そうに眉をひそめた。
「何やってるの。こっち何でしょ。」
「ううん。私はこっちだから。」
「はあ? なら僕もそっちでしょ。」
「違うよ。たー君は戻るの。戻らなきゃ。」
五弦がほほ笑む。
「私、もう帰れないんだよ、たー君。思い出しちゃった。もう、だめなんだ。だめなんだよ。もう、一緒にいられないの。」
涙をこらえるような笑みに、隆彦もようやく思い出す。
ああ、そうだ。自分は、この子を守れなかったんだ。
五弦の笑顔がぼやける。にじんで、ゆがんでいく。
「大好きだったよ、たー君。今までありがとう。」
ぱちりと視界が瞬いて、見えたのは――。
* *** *