普段祖母くらいしかかけてこないリビングの電話が鳴ったのは、春休みに入って少し経った三月末のことだった。
 母が電話を取ると、ソファに座っていた汐白はリモコンでテレビの音量を落とした。母の声はひどく動揺していて、何を話しているのか不明瞭だった。やがて、はい、はい、と途切れ途切れにうなずいてメモを取り始めた。
 電話を切る。ぎこちなく息子を振り返った。

「汐白。綾織五弦ちゃんって……知ってますか?」
「同じクラスの?」

 汐白が尋ねると、母はこくりとうなずいた。血の気が引いていて顔色が悪い。

「落ち着いて聞いて下さいね。その子が――。」


 何を言われたのか、一瞬分からなかった。


 黒と白ばかりの場所に、紺色のブレザーを着た少年少女が親に連れられて入室してくる。うつむいている者、ぽかんと祭壇を眺める者、不安を顔に浮かべて親から離れない者。大半が今起きていることを上手く処理出来ていないようだった。
 つい数日前、同じ教室にいた少女、彼女がいなくなった。
 あまりにも、現実味がない。
 沙夜もまだ受け止め切れていないのだろう。いや、それどころか目の前のことを遮断してしまっているのかも知れない。並べられた椅子の一つに腰かけて、ぼうっとしている。隣で手を握る母に一べつもくれず、涙もなく、花に囲まれた写真を、にっこりとほほ笑む親友の姿をただ見つめていた。

 五弦は交通事故で亡くなった。
 隆彦と出掛けた先で、交差点で信号を待っている時に、突っ込んで来た乗用車にはねられた。
 病院に運ばれたものの、一度も目を覚ますことなく息を引き取った。

 ***

 薄紅色の花が咲いて、散り始めた頃、少年少女は久しぶりにブレザーに身を包んだ。ぎゅっと緑のタイを結んだ。
 汐白の今の席は窓際の一番後ろ。学校教育というものを受けてからこの方、クラス替えの度に戻ってくる席だ。渡里という、出席番号が最後になりやすい名字故である。
 この時期は、クラスの対して親しくもないやつが「汐白が後ろだな!」等とくだらないことを言ってゲラゲラ笑ったりするので、名付けた親を恨みたくなる。

 汐白の一つ前の席は、この一ヶ月誰も座っていない。
 二年生に上がったばかりで名前の通りに並んだままの席順。渡里汐白の前は鷲尾隆彦の席だった。
 五弦と共に事故にあった彼は、意識不明のまま入院していた。
 前の席がずっと空いていては気になるだろうと、担任が汐白と隆彦の席を交換することを提案したが、汐白は断った。
 黒と白に囲まれて、寄り添って泣いていた、二組の男女を思い出す。女性の一人は、五弦によく似たふわふわと柔らかい髪をしていた。

――たー君まだだから。

 少女はいつも、当たり前のように幼なじみを待っていた。
 隆彦はいつ戻ってくるか分からない。だけれど、戻って来ると信じている人達がいる。彼の席を隅に追いやると、あの泣いていた人達を裏切るようで、何となく嫌だった。

 ***