「きみよ、やあ、僕のものになる準備はできたかい」


《お前は何を言っている》


「きみよ、きみ、壊れかけでそのとき僕の言葉を齧ってそれでも生き長らえている死に損ない、僕のものにならないというのならいっそ死んでくれないか」


《お前、私は私のものだ。お前は誰の特別にもなれやしない》


「僕がこの物語を世に晒すとき、人はきっと怖気る。僕は今まで上っ面を舐めた物語を書いてきたからだ。真髄、深淵、そのひとつ手前のところでなんとか踏みとどまってきたのだけれど、きみの上辺や宇宙や星やよくわからない世界の話を聞いてきたら辟易してきた。聴きたくないから耳を塞ぐけれど聴こえてしまうから歌を歌うことにした、きみ、ねえきみよ、僕の価値を決めるのは誰だと思う? 僕の価値を決めるのは君だと思うか、それとも僕自身だと思うか、僕は正直よくわからない、わからないし言葉は人を救えないとも思う、ねえきみよ、純粋を揺るがすきみよ、僕の一部になって溶けてくれやしないか、僕のものにならないのなら」


《落ち着け》


「僕は僕が僕の物語をどう扱っていたかたまにわからなくなるよ、言葉が遠ざかってしまう、僕の価値を決めるのはいつも僕だと思う、他人に見えない僕の努力や価値観や景色や見てきた光やその音、だってその価値を知っているのは僕だけじゃないか」


《そうだな》


「それを言葉にして書き連ねたときなぜ人は僕を判断する? 僕の独白は僕だけのものに過ぎない、その価値も表現も誰のためにも描いていない。物書きのだいたいなんてそれくらいでいいのだ。好き放題書いて、きっと他人の言葉になんて揺るがされている暇はない。それは通り過ぎた車窓の景色と同然だ。ひかり、光よ、光は掴めないのと同じだ、音を逃さないで捕まえて、ここにある文字の揺らぎに身を委ねていつも翻弄されている」


《ああ》





 カラカラカラ、と音がする。

 カーテンが開く音がして、ちくり、ちくりといつもの痛み。またカーテンが閉まって、光、目にした光ばかりいつもお前らが奪っていくじゃないか。