「やめろっつってんじゃないですか」と青園の声が聞こえてきて、「楽しそうだね」と綸が振り返った。芝生に寝転がる青園に、押村さんが馬乗りになっている。

 「私も混ぜてもらおっと」と、日垣が二人の元へ走っていく。

 「綸は?」と言ってみると、彼女は「ここでいい」と小さく笑って肩をすくめた。

 綸は先ほどまで青園と押村さんが座っていたベンチに着いた。「隣、座ってよ」と、空いたところへ視線を落とす。おれはそっと、そこへ腰を下ろした。

 「ここには、こんなに綺麗な中庭があったんだね。驚いたよ」

 「初めて?」

 「前回がね」と綸は小さく頷いた。「今回は、日垣さんに誘われた。そうしたら、青園さんがいた。一人だけ」

 「ああ、ここには滅多に人がこないんだよ。先生たちも驚いてるだろうね、せっかく生徒たちの憩いの場を設けたのに、こんながら空きじゃ」

 彼女の喉を揺らした笑いには、本当だね、という声が含まれているようだった。

 「今まで、なにしてた?」

 「あたし?」

 「そう」

 「……絵を、描いてた。何回も何回もコンテストに応募した。だけど、一回だって賞は貰えなかった。大賞とか金賞はおろか、参加賞みたいなものすら」

 綸の声に表情はなかった。けれどその奥に、悲しみというだけでは表せない切なさがあった。

 「でもね、描き続けたいと思ってる。……いつまでもつかわからないけど」

 「そっか。でも綸、小学生の頃もすごいうまかったよね。いつかきっと、取れると思うよ」

 「あたしもそう思ってる。でも、少し怖い」

 「怖い?」

 「もし賞を取れば……もし、取ったら……ここにいられなくなるんじゃないかと思う」

 「そんなことないよ。どんな賞を取ったって、綸は綸だよ」

 綸は少し俯いて、悲しく微笑んだ。「そうだね」と、「むしろ、幸せかもしれないね」と。

 ふと、きゃははと笑い声が上がって、二人で振り返る。綸は穏やかな眼差しで、三人を眺める。「ずっとここにいたい」という声は、実際に綸が言ったのか、おれが勝手に、彼女の表情から受け取ったのか、はたまた、おれ自身がそう願ったものなのか。