「夜久さんって本当に優しいんだよ」と日垣は言う。

 綸を見ると、柔らかく微笑んだ。

 「うん、知ってる」とおれは答える。

 「前にね、私、家の鍵なくしちゃったことがあって」

 「それは大変」

 「そう。どうしようーって思ってたところに、夜久さんが起きて」

 「起きた? 寝てたの?」

 「そう。それで、一緒に探してくれたんだよ。夜久さんがいなきゃ見つからなかったと思う」

 「日垣さん、誰にでも話すんだよ」と綸が口元で笑う。

 「だって、夜久さんって優しいんだよ。みんなに伝えたいじゃん」

 綸は小さく苦笑する。

 おれは少し迷ってから、綸を呼んだ。彼女は柔らかな印象の目でおれを見た。その目が、あの頃のものとは違うように感じるのは、おれが疑い深いせいか。

 「あれからどう、体調は?」

 綸は一瞬悲しい目をして、「大丈夫だよ」と答えた。

 「夜久さん、体調悪かったの?」と日垣が綸を振り返る。「大したことじゃないよ」と、綸は穏やかに笑みを浮かべる。

 胸の奥に、急ぐ自分がいる。早く綸を知りたい、早く綸に触れたい。早く、早く綸に――。おれはそっと、深呼吸した。