「怖かったんだね」と押村さんが言う。「自分を抑えきれなくなるんじゃないかって」

 青園に太ももを拳で強く叩かれたけれど、押村さんは顔色一つ変えない。

 「いいんだよ、抑えようなんてしなくて。てか、抑えちゃだめでしょ。辛くなっちゃう。……自分でわかんなくなっちゃっても、とせちゃんはちゃんといるんだからさ、安心していいと思うよ。そんな風に押し込んでちゃ、わかるものもわかんなくなっちゃうよ」

 「うるさい」と青園が呟いた。「大丈夫」と諭すように言う押村さんにも、それは聞こえたはずだった。

 「大丈夫、大丈夫」と繰り返しながら、押村さんは青園の腕や肩を撫でた。抱きしめるように、愛おしむように、護るように。そして「大丈夫」と、歌う。

 「嫌だ」という消えそうな青園の声に、「とせちゃんだよ」と押村さんは言う。「とせちゃんはとせちゃん」と。

 「怖い」と青園は言った。涙に色が滲むのを感じた。ああ、青園が出てきた、と。

 押村さんは変わらず、「大丈夫」と言う。優しく朗読するように、歌うように。

 青園が溺れたように喘ぐ。「嫌だ、嫌だ」と泣く。声にならない音で震える。その合間合間に、辛うじて水面に顔を出しては息を吸い込む。

 「大丈夫」と言うその押村さんの声に、次第に自分までもが包まれているような感覚になった。ああ、やはりこの人はすごい。

 「とせちゃんはちゃんとここにいるよ」

 青園の拳が、押村さんの太ももを叩く。それを包み込む、押村さんの「大丈夫」。

 青園は、言葉を失っていた。「嫌だ」、「怖い」と震えながら繰り返した。それでも決して、彼女は助けを求めなかった。押村さんを呼ばなかった。もちろん、おれのことも。ただ、忘れていた自分を受け入れる恐怖に震え、それを拒絶した。押村さんはそれを理解していた。だから、「大丈夫」と語り、歌い、包んだ。一人じゃないから大丈夫と、それはあなたを飲み込みはしないから大丈夫、安心して大丈夫、と。