不気味なような静寂が戻ってきた教室で、彼女は思い出したように咳き込んだ。がくんと座り込むので、おれは彼女に一歩駆け寄って背をさすった。大丈夫?と言おうとして、そんな風には見えないので飲み込む。

 咳が湿ってきたかと思えば、なにかが一つ、床に落ちた。見てみれば、それは真っ赤な色水のようなものだった。そこから視線を上げれば、自らの口元を覆う彼女の細い指の間から、指を横切るように一筋、赤い液体が伝っていた。こんな時に、やはり、大丈夫?と言ってしまいそうになる不思議。

 おれは痺れたように感覚が薄れた指先で、ブレザーのポケットからティッシュをつまみ出した。小さな袋から何枚か取り出して、彼女に差し出す。彼女はそれを受け取ると、赤く染まった手のひらを拭った。けれど、皮膚には鮮血の赤みが残る。その間も、背中は荒い呼吸に合わせて上下していた。

 「……えっと、大丈夫?」我慢できなかった。「その……薬とかあったりするの?」

 「違う」と答えた彼女の声は、潰れたようで幽かなものだった。

 「でも……」

 「いつもこうだ」と彼女は言う。そしてけほけほと咳き込むと、溢れた血で唇が濡れた。丸めたティッシュでいい加減に拭う。同じように、床に落ちた一滴も拭った。

 「でも、まずいよ。まず保健室――」

 「いい」と彼女は短く答える。

 「でも血を吐くなんて……」

 「喉。弱い……」

 「あんな大きな声出すから」

 なにかあったの、と訊きたいけれど、今すべきことではないことくらいはわかる。

 おれは「少し待ってて」と言ってぽんと背を叩き、教室を出た。