「そろそろ帰るかね」と言う押村さんの声を合図に、おれたちは校舎の中へ戻った。

 「あーあー。進路に悩むとか、ザ・青春って感じでいいけどさあ、等身大で体験するとやっぱり嫌だよねえ」

 「中学から高校はこんな感じじゃなかったのに」とおれは応えた。「わかる」と押村さんが頷いてくれる。

 「なんか、中学から高校って、勢いで行けちゃうところあるよね。そりゃあ、受験の時は緊張するし、一日前とかまで問題集とにらめっこするけどさ。なんか寝ても寝ても眠いし。でもなんか、今の方がきつい気がする」

 「なんでだろうね。離れる人が多いからかな」

 彼女と、二度と会えないような気がしてしまうからだろうか。

 「私、嫌だなあ、とせちゃんとか高野と離れるの」

 「留年する?」と言うと、「絶対嫌」と食い気味に強く返ってきた。

 「私あっちなんで」と言う青園に、押村さんは「ばいばい」と手を振る。青園は珍しく、こちらを振り返ってぺこりと頭を下げた。

 「見た、今の」と興奮したように言う押村さんの声に、「おう」と頷く。

 「すっごいかわいい」と言うその声に、「おれも、ちょっと思った」と頷く。

 どれくらいの沈黙だっただろう。ふと思い出して、「あっ」と出した声と、「ねえ高野」とおれを呼ぶ押村さんの声が重なった。

 「ん?」とまで同時に言って、結局、おれが「忘れ物した」と打ち明けた。

 「やーっだドジだねえ」と、押村さんはおれの背中を強く叩いた。痛っ、と大きく一歩飛び出す。「早く取ってきな」と言われて、「押村さん、なんて言おうとしたの?」と振り返ると、彼女は「しょうがないから明日のお楽しみ」と、いたずらっぽく笑った。「またね」と手を振って下駄箱の方へ向かった押村さんを、衝動的に呼び止めたけれど、彼女には聞こえないようだった。