この部屋にいて、喉が痛くないのが珍しく感じる。

 綺麗な月を描きたかった。綺麗な月の光に照らされる、青い植物を描きたかった。――ああ、そうか。

 おれは部屋を見渡す。いつものように、散らかっている。壁や床には色水が弾けていて、その下にガラス片が散らばっている。目を覚ました、というわけではないからか、直前のことを妙にはっきりと覚えている。瓶を投げた感覚、その瓶がガラス片と化す音。けれど、どうしてあんなことをしたのかはわからない。ただ、どうしようもなく混乱していた。苛立ちとも恐怖ともつかない強い感情をどうにかしたくて、瓶を投げていた。

 部屋を片付けなくてはと立ち上がった時、「黙れ」という言葉が頭をよぎった。そんな言葉を、さっき、言った気がする。……でも、誰に。――わからない。誰に対して、あんな強い感情を抱いたのだろう。あれはどこかに、恨みや憎しみのような色を孕んでいた。

 そんな風に思う人なんていただろうかと考えて、当然のことを思い出す。おれは限りなく“おれ”であって“あたし”とは少し、あるいは決定的に、違う。決して他人ではないけれど、限りなく他人に近い。“おれ”が“あたし”を理解するのは、簡単なことではないのかもしれない。