柱のそばにいたのは、一年生の少女だった。長くまっすぐで真っ黒な髪の毛が特徴的な、華やかな和服が似合いそうな人だった。ここがと言えるところはなくとも、どこか華やかで小綺麗な人。

 「ねえあなた」と押村さんが声を掛けた。少女は迷惑そうに顔をしかめてこちらを振り返る。ああミスった、と思った。

 「部活って入ってる?」

 「……いえ」

 「放課後って、予定あることの方が多い?」

 「……別に」

 「それなら、明日から毎日、まあ、予定のない日に限るけどね。ここにきてくれないかな」

 「なんでですか」

 「理由なんてないよ。ただ、一緒に過ごしたいなあって思って」

 「……他を当たってください」

 すっと柱から離れる彼女の手を、押村さんが掴む。

 「ちょっと待って待って。ね、いいじゃない」

 「嫌です」

 「別に部活じゃないし、入部手続きも不要よ。部活じゃないから毎日顔を出す必要もない。嫌ならこなくていい」

 「お断りします」

 「いやいやいや、そこをなんとかっ。ねっ、いいじゃない」

 「嫌です。なんで私なんですか」

 「ここにいたから」

 「嫌ですって。飲み物買いにきただけですし」

 「そんなノリで顔出してくれればいいのよ。強制じゃないの」

 「これのどこか強制じゃないんですか」

 「そうだよ」と言ったのはおれだった。「ねえ、押村さん。生徒なら他にもいるんだし、いいんじゃない?」

 「嫌だ」と、押村さんは強く言った。「私はこの人がいい」と。

 「誰ですかあなた」と、少女は変わらず迷惑そうだ。

 「通りすがりの二年生。あなたに惹かれたの」と押村さん。

 「私、恋愛対象は男性なんで」

 「人間性に吸い寄せられたのよ」

 「私はあなたが気持ち悪いです」

 「じゃあわかった、名前だけでも置いて行ってよ。じゃなきゃ毎日声掛ける」

 「はあ?」と少女は心底迷惑そうだ。「すっごい気持ち悪いんですけど」

 「顔出してくれれば、この少年の美貌を拝めるわよ」と、押村さんはおれの顔を指さした。反射的に「は⁉」と声が出た。少女が鋭い目でおれを見る。おれは否定した、おれは否定した、と必死で自分に言い聞かせる。

 「私、恋愛対象は男性ですけど、別に男好きってわけじゃないんで。男なら誰でもいいみたいな、そんな気持ち悪いこと考えてないんで」

 「ね、押村さん」とおれは彼女を制す。「めちゃくちゃ怒ってるから」

 「とりあえず放してくれませんか」と、少女は押村さんに掴まれた自らの手を睨む。

 「じゃあ、いつか顔出してくれる?」

 「強制じゃないんでしょ」

 「ええもちろん」

 「……わかったわよ。いいからとにかく放して」

 ぶんっ、と音が聞こえそうな勢いで押村さんの手を振り払い、少女は校舎へ戻っていった。