ホームルームが終わって、鞄を肩に掛けると、「やあ少年」と押村さんがきた。「やあ少女」と応える。
「今日も暇か?」と言うので、「暇だよ」と答える。「よし、中庭行こう」と言う彼女へ頷くけれど、正直、複雑な心持ちでもある。
一階に下りて、人気のない廊下を歩く中で、おれは口を開いた。
「押村さんは、おれなんかと一緒にいていいの?」
「え、なになに」なんの話?と、押村さんは興味津々といった様子で振り返る。
「今日、付き合ってるのかって訊かれたから」
「え、それがどうかしたの?」
「いやあ……押村さんはおれとそんな風に見られるの嫌じゃないの?」
一拍置いて、押村さんは耐えられないといった様子で噴き出した。大声を上げて、お腹を抱えて笑い出す。
「え……なんか面白かった?」
「いや、面白すぎでしょ。人気芸人だって大爆笑だよ。ははっ……なに言ってんの、女子かって」
「いや……え?」
げらげら笑いながら、押村さんは壁に体を預けた。ひいひい喘ぎながら、「お腹痛い」と繰り返す。「ちょっと待って」と苦しそうに言うので、「息吸って」と返す。「大丈夫?」と背に手を置くと、「ぶはははっ」とまた笑い出した。「……本当、大丈夫?」
ひとしきり笑って、押村さんはようやく落ち着いた。はあはあと息をしながら壁に凭れ、涙を細い指先で拭う。
「はあー、びっくりした」
「……驚いてたのか」
「だって、高野がそんな女々しい人だと思わなかったし」
一つ深呼吸をして、押村さんはまじめな目でおれを見上げた。
「私は、別に気にしないよ。高野だからってわけじゃなくて、佐藤でも高橋でも、一条でも二条でも気にしない。私って結構生意気でね、誰になんて言われても、なにも思わないんだ」そう言って、へへといたずらに笑う。
「だって、あの人にこう思われるからーって考えて、一緒にいたい人と距離を置くなんて嫌じゃん。接点のない一人のために一緒にいたい一人と離れるなんて。そりゃあ、そうしていることで接点のない一人が死んじゃうかもしれないとかってなったら離れるけどさ。その一人のためにいろんな人が悲しむわけだし。でも私たちにそんな呪いはかけられてない。高野はどう思う?」
不意に振られて、「えっと……」と不格好な声を出した。
「高野は、私と付き合ってるって思われるの、嫌?」
「いや……押村さんがなにも思わないなら、放っておく」
「おっ、なんだかっこいいじゃん」と押村さんは笑った。
おれは、自分のことを誰がなんと言っていようと、思っていようと構わない。けれど、それが誰かの悩みの種になるのが耐えられない。
「私は気にしない、高野も放っておける。答えは出たね」
中庭中庭、と言って、押村さんは歩き出した。おれも後に続く。押村さんってどんな人なのだろうと思いながら。愉快な人ではある。一緒にいて楽しい人ではある。けれど、それだけではないような気がしてならない。
「今日も暇か?」と言うので、「暇だよ」と答える。「よし、中庭行こう」と言う彼女へ頷くけれど、正直、複雑な心持ちでもある。
一階に下りて、人気のない廊下を歩く中で、おれは口を開いた。
「押村さんは、おれなんかと一緒にいていいの?」
「え、なになに」なんの話?と、押村さんは興味津々といった様子で振り返る。
「今日、付き合ってるのかって訊かれたから」
「え、それがどうかしたの?」
「いやあ……押村さんはおれとそんな風に見られるの嫌じゃないの?」
一拍置いて、押村さんは耐えられないといった様子で噴き出した。大声を上げて、お腹を抱えて笑い出す。
「え……なんか面白かった?」
「いや、面白すぎでしょ。人気芸人だって大爆笑だよ。ははっ……なに言ってんの、女子かって」
「いや……え?」
げらげら笑いながら、押村さんは壁に体を預けた。ひいひい喘ぎながら、「お腹痛い」と繰り返す。「ちょっと待って」と苦しそうに言うので、「息吸って」と返す。「大丈夫?」と背に手を置くと、「ぶはははっ」とまた笑い出した。「……本当、大丈夫?」
ひとしきり笑って、押村さんはようやく落ち着いた。はあはあと息をしながら壁に凭れ、涙を細い指先で拭う。
「はあー、びっくりした」
「……驚いてたのか」
「だって、高野がそんな女々しい人だと思わなかったし」
一つ深呼吸をして、押村さんはまじめな目でおれを見上げた。
「私は、別に気にしないよ。高野だからってわけじゃなくて、佐藤でも高橋でも、一条でも二条でも気にしない。私って結構生意気でね、誰になんて言われても、なにも思わないんだ」そう言って、へへといたずらに笑う。
「だって、あの人にこう思われるからーって考えて、一緒にいたい人と距離を置くなんて嫌じゃん。接点のない一人のために一緒にいたい一人と離れるなんて。そりゃあ、そうしていることで接点のない一人が死んじゃうかもしれないとかってなったら離れるけどさ。その一人のためにいろんな人が悲しむわけだし。でも私たちにそんな呪いはかけられてない。高野はどう思う?」
不意に振られて、「えっと……」と不格好な声を出した。
「高野は、私と付き合ってるって思われるの、嫌?」
「いや……押村さんがなにも思わないなら、放っておく」
「おっ、なんだかっこいいじゃん」と押村さんは笑った。
おれは、自分のことを誰がなんと言っていようと、思っていようと構わない。けれど、それが誰かの悩みの種になるのが耐えられない。
「私は気にしない、高野も放っておける。答えは出たね」
中庭中庭、と言って、押村さんは歩き出した。おれも後に続く。押村さんってどんな人なのだろうと思いながら。愉快な人ではある。一緒にいて楽しい人ではある。けれど、それだけではないような気がしてならない。