昼休み、すっかり気が進まなくなってしまった花衣を読んでいると、「やあ少年、お昼食べにきてやったぞ」と押村さんの声が降ってきた。

 顔を上げて、「別に待ってないよ」なんて憎まれ口を叩くけれど、それならば一人で昼食を済ませてしまえばいい。保冷バッグを机に置いただけでそれをしないのは、正直なところ、押村さんと一緒にいる時間に充実を感じているから。

 それを感じ取っているように、押村さんも「そんなこと言ってえ、本当は花衣を読み進めるのが怖くて私のこと待ってたでしょう」とからかうように言う。そして、どかんと隣の席に着く。巾着袋を机に置いて、しゅるると開く。

 「で、どうよ、花衣。どうひっくり返してきそう?」

 「わかんない」

 「そう怖がらなくても大丈夫だよ。ホラーじゃないんでしょう?」

 「別に怖がってないし」

 「嘘つき」と押村さんは言う。

 「あれから全然進んでないんでしょう」

 おれは押村さんに一瞥やって、保冷バッグのチャックを開けた。

 「今日のお昼はなに?」

 「お弁当。作り置きしてあるおかずを適当に詰めてきた」

 「ほうん。シャレオツだねえ」

 「シャレ……?」

 押村さんは、基本的に言うことが古い。多分、特に親しい相手には会話の中で、チョベリバだのチョベリグだの、余裕のよっちゃんだのと言っているのだろう。……愉快な人だ。

 「お母さん、結構料理する人なの?」

 「まあ、普通じゃないかな」

 「へえ。うまい?」

 「うーん……パスタはおいしい」

 押村さんは少し考えるように沈黙を作った後、すっと息を吸った。

 「ソースを作るってこと?」

 「いや、乾麺を茹でるの」

 「あ、そっち? まあ、負ける気しないけど。私なんかうどんも超うまいからね」

 「打つの?」

 「乾麺茹でるの」

 「……おれ、蕎麦うまいよ」

 「打つの?」

 「乾麺茹でるの」

 一拍置いて、小さく笑い合った。

 「乾麺って、便利だよね」としみじみ言う押村さん。