猫に嫌がられるまで、写真を撮った。礼を言って起き上がり、カメラを提げたまま家の前を離れる。休日は忙しい。やりたいことがたくさんある。美術、歴史、料理の本を少しずつかじるように読み、音楽を聴き、写真を撮り、散歩をし、お腹が空いた頃に帰って、本を読んで気になった料理を作って食べる。日によっては、他にちょっとした絵を描いたり裁縫や編み物をすることもある。一日が二十四時間だなんて、いつ決まったのだろう。あと一時間だけでも長ければと、何度も思った。

 母は包装用品を扱う会社でデザインを、父は保険会社で営業をしている。数年前、結婚記念日に贈り物をしたときに、共通の友達を介して出会ったと知った。人の繋がりは面白いものだと、再認識した。

 何気なく空を見上げて、綺麗だと思ってカメラを構えた。その意識がふと、地上に引き戻された。見れば、幼い男の子が一人、立っていた。肩がひくひくと跳ねていて、両腕は顔の前で忙しなく動いている。

 体が自然と歩き出して、少年の前にしゃがんだ。見上げた頬が濡れている。ひくひくと下手な呼吸を繰り返しながら、彼は腕を下ろす。

 「どうしたの?」

 「わかんない」

 首を横に振ると、少年はしゅんと口角を下げて、ぼろぼろと涙をこぼした。柔らかそうな顔をくしゃくしゃにして、わんわん声を上げる。

 おれは「大丈夫大丈夫」と肩を叩く。

 「おうちがわからなくなっちゃった?」

 少年はぶんぶんと首を横に振って、ずずっと洟を啜る。濡れた瞼が二重になっていて、真っ赤になった鼻が呼吸に合わせてひくひく膨らむ。

 「お店……」

 「お店?」おつかいだろうか。「どのお店に行きたいの?」

 「おうち帰りたい……」

 おつかい――ということでいいのだろうか。出かけてきたはいいけれど、心細くなってしまった、といったところか。

 「お店はおうちの人に頼まれたの?」

 うんと一つ、大きく頷く。

 「でも……」と声が弱弱しくなる。「行けない……」

 湿っぽくなった顔に、新しい涙が流れる。

 「大丈夫だよ」と少年の細い体に腕をまわして、薄い背を叩く。

 「大丈夫」

 見れば、少年は水筒を提げていた。

 「少しお水飲もう。ね」

 大丈夫大丈夫、ともう一度背を叩く。