昼休み、私は保冷巾着を手に、タカノヤマソラの席の前に立った。彼には憧れのような尊敬のような気持ちがあったし、なにより、窓の外を見つめる表情を見て、友達になりたいと思った。

 「やあ少年。お酒は二十歳になってから、じゃぞ」

 彼は顔をゆっくりとこちらへ向けて、和やかな細長い目で私を見上げた。

 「……お酒?」

 「自分っていうお酒さ。気持ちよさそーうにしちゃって。『ああ、おれはどうしてこうなってしまったのだろう。何年前まではこんなんじゃなかった、ああ、どこへ行けば、あの頃の自分に戻れるのだろうか……』みたいなさ」言いながら、私は舞台俳優のように体を大きく動かした。

 「えっと……」

 「ところでお主、名はなんという。ああ、私は押村明美。押す、引くの押すに、市区町村の村、明星の明に美術の美」

 「え? ああ、おれは、タカノヤマソラ。高い野山に、空気の空」

 「ふうん。星空の空、天空の空ね」

 どうしてまた空気だなんて。まるで、自分を空っぽだとでも言っているようじゃないか。

 「じゃあ、高野だね」

 「いや、高野山……」

 「なに言ってるの。たかのやま、なんて、次に呼ぶ時には舌噛んじゃう」

 「あ、そうか……」そう言う割に、納得した様子ではない。よくわからないけれどそうなのだろう、といった感じ。

 「身長は?」

 「え?」

 「身長」

 背の高さ、と言いながら、私は自分のこめかみの辺りで手のひらを下に向け、ひらひらと動かした。

 「ああ、百七十三……点、四……とかだったかな」

 「ほう、やっぱ小さいんだねえ」

 「小さいって言うなっ」と悲しそうに声を上げる。「しかも、『やっぱ』って」と。怖くないと言いながら涙目になっている幼子のようで、キャンキャンと高い声で吠える小型犬のようで、なんだか胸の奥が温かくなった。

 「違う違う、君ほら、ちょこんとした顔してるから、頭身が高いのよ。そんで、結構すらっと見えててさ。で、好きな食べ物は? カレー? ハンバーグ?」

 「子供じゃないしっ」と先ほどと全く同じように言うものだから、思わず笑ってしまった。腹筋がひくひくして痛い。私は指先で、目尻に滲んだ涙を拭った。

 「はあ。いやあ、失礼だねえ君。カレーもハンバーグも、大人だって好きだよ。しかも、気のよさそうな青年が、寡黙そうなイケてる紳士が、毎日必死こいて作ってるんだよ? それを子供向けの食べ物たあ失礼だ」

 「……どうも……すみません」

 別に子供っぽい食べ物が悪いとは思ってないけど、と呟く彼を、面白い人だと思った。発言が面白かったのでないし、そう言った時の顔が面白かったわけでもない。ただなんとなく、その瞬間に、面白い人だと思った。