人に愛されるにはまず人を愛せ、なんていったようなことを聞いたことがある。欲しいものがあるのなら、まずは誰かにそれを与えなさい、と。

 「夜久(よひさ)さん、ちょっとプリント分けるの手伝ってもらっていい?」と声を掛けられて、「ああ、かまわないよ」と笑顔で返すけれど、俺は決して、誰かにこんなことをしてほしいわけじゃない。

 声を掛けてきた女子の席に行けば、「ごめんね」と彼女は言う。そして、「北島君が今日休みだからさあ」と困ったように笑う。

 「いいよ、やることもなかったし」と答えるけれど、俺が誰かから欲しいのは、やはりこういうことではない。どちらかといえばこれとは随分と離れた場所にあるものが欲しい。人にやられて嫌なことはしてはいけません、と聞くけれど、それなら、今の俺はどうなるのだろう。こんな薄っぺらな、親切の真似事のようなものは欲しくない。けれど俺は今、それをこの日直の彼女に差し出している。

 「いやあ、夜久さんって優しいよねえ」と彼女は言うけれど、果たして本当にそうだろうか。

 「そんなことないよ」と返す言葉だけが変に事実に似ている気がして、気持ち悪い。ごっこ遊びに、嫌な事実を盛り込んでいるような不快感。

それに本当に気づかないのか、上手にそのふりを決め込んでいるのか、彼女はふふっとかわいらしく笑う。これが“ふり”なら、人間は恐ろしい生き物だ。――なんて、彼女の純粋さを疑う俺自身が、一番恐ろしい生き物なのかもしれないが。

 「ここからね、『東高だより』って書いてある紙を含めて四枚を一つとして、ホチキスでまとめてほしいの」

 「わかった。……今日の配りものかな」

 「たぶんね。なんて書いてあるのかは知らないけど」興味ないし、と彼女は舌をちろりと覗かせて笑う。