指を切らぬよう慎重に、砕けたガラスを集めていく。後できっと絵を描くから、指を怪我するわけにはいかない。絆創膏なんか貼ってあったら、痛みなんか残っていたら、集中できないだろう。

 これだけ部屋を汚しても、喉を傷めても、この体は絵を描くことを諦めない。そうしたいと言うのなら、おれには、その背を押し、時に支える他、選択肢はない。おれはこの世には存在しない者なのだ、この体の邪魔になるようなことはしない。もっとも、今日もこうして、足に傷を作ってしまったのだけれど。

 絵を描き始めたのはいつだっただろう。小学校中学年くらいだったはずなので、かれこれ──わからない。何度、こうしてガラス片を集めただろう。何度、こうして足の裏を切っただろう。数えてもいないし、覚えていない。これはもはや日常の一部で、意味も数も求めていない。お腹が空いているから食事を摂る、といった具合に、部屋がこうして散らかっているから片付ける。この世界に生まれたから生きる、といった具合に。おれはこの日常を繰り返す。

 あれ――?

 ふと思って、手が止まる。

 この部屋が散らからなくなったら、おれはどうなるのだろう。普通の人間と同じように、普通の生き物と同じように、死ぬのだろうか。いや、死ぬこともできないかもしれない。おれには本当のところ、実体がない。普通に生きているクラゲでさえ、死んだら消えてしまうといつか知った。そういった存在とは違うおれには、死さえ訪れないのかもしれない。死にもせず、ただ、消えるのかもしれない。もしかしたら、どこにも、誰の中にも、なにも残さず。