紅茶を飲み終え、ケーキを食べ終え、綸は腰を上げた。「一人で描かせる気?」と、綺麗な目がおれを見下ろす。「お供させていただきます」と、おれも腰を上げる。

 「まず画材買わないと」と、綸は階段を下りた。おれは黙ってついていく。

 廊下で不意に足を止めると、綸は横についたおれの手を握った。思いの外、傷の回復が早く、包帯はすっかり外れ、痛みもほとんどないという。指の間に入ってくるしなやかな彼女の指を、おれは受け入れる。

 「……勝手に帰ったりしたら泣かす」と、綸は力強く言った。

 おれは小さく笑った。「綸と静のそば以外に、いたい場所なんてないよ」と。

 綸はふっと笑って、おれと向かい合った。すっとつま先立ちをすると、じんわりと、おれの唇に、自身の唇で触れた。なにが起きたのかわからなかった。ただ、狂ったように騒ぐ鼓動が聞こえる。けれど、それは次第に、柔らかな毛布に包まれるような幸福感に溶けていった。水に落とした絵具が広がっていくような、優しく穏やかな、それでいて、互いの温度をじっくりと味わうような時間だった。

 最後、いたずらにおれの下唇を挟むと、綸はそっと離れた。かあっと顔が熱くなって、目を逸らす。落ち着いたはずの胸の奥が、また騒ぎ出す。

 「愛してる」と言う彼女は、いたずらに、艶やかに微笑んでいた。