「さて、片付けだ」と静は明るく言う。「まさか高野山君にこんな醜態を晒すことになるとはね」

 「醜くなんてないよ。ここには、不思議な温かさがある」

 「そうかあ?」と静は顔を歪める。「また変なことやりやがったとしか思えないけど」

 「……ねえ、綸はもう、絵は描かないの?」

 「どうだろうね。もう二度と描かないつもりではやったんだけど」と、綸とも静ともつかない声が、他人事のように言う。「少なくとも、この傷が癒えるまでは筆も持てないだろう」と、手の甲から腕全体を覆う包帯を疎まし気に見る。けれど、「痛いっつうの」と微笑む顔は、どこか満足そうにも見える。

 「でもこれも、生きてるから感じるんだよな」

 「……辛くない?」

 「全然。こんなことで忘れずにいられるなら、どうってことない」

 だからさ、とまっすぐにおれを見た。「絶対、おれより先に死なないで」と勝手なことを言う声は、静だった。

「嫌だよ、置いてかれんの」と答えれば、「絶対おれが先に逝く」と威張ってきた。「いいやおれが」と返せば、「絶対おれだ」と強く返ってきた。

ふと冷静になって、二人で声を出して笑った。「なにを競ってんだおれたちは」と静が自嘲気味に言う。

 「とにかく、簡単に死んだら殺す」と、今度は見事な矛盾を突き付けてきた。「死んでたら殺せないよ」と苦笑すると、「絶対許さないってことだよ」と彼は言った。

「そんなのおれだって許さない」と返し、「綸もだよ」と、体の中で、静と一緒にいる綸へ、言った。

 「じゃあ、先に死んだ方の負けってことにしよう」と、静は左手の小指を差し出した。他の指がほとんど丸まっていないところを見ると、かなり痛むらしい。

 「勝ったところでなにが得られる?」と返すと、「相手の知らない世の中を見られる」と、静は言った。

「一分一秒でも長生きして、後で知らない世の中を教えよう」と。「わかった」と頷いて、おれは静の小指の傷のないところに、自らの小指を絡めた。