気が付くと、絵具の匂いがした。目を開くと、灰色に囲まれた部屋のあちこちが色づいていた。

 上体を起こすと、少し咳が出た。喉が痛い。あまりの痛みに吐き気さえ催しそうで、反射的に口を覆った。しばらくそのままでいて、慎重に咳払いをする。そして唾を飲み込んだ。喉の痛みも違和感も残ったままだけれど、ほんの少し、楽になったような気がする。

 口から手を離し、天井を見上げる。顔に触れたために、手の付け根と指先が濡れている。ああ、泣いていたんだと気づくと同時に、目が覚める前のことを思い出した。ああ、あんなことをしていたなと。

 この体はどうも疲れやすい。あんな風に暴れれば、たちまち呼吸の仕方を忘れてぶっ倒れる。この体の持ち主――というのも違和感があるけれど――は、どうもその辺りのことを忘れがちだ。自分を抑えるのが苦手――というのも少し違う気がするけれど、とにかく頻繁に、この体に無理を強いる。

 おれはゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。まずは水を飲みたい。

 部屋のすぐ左手に洗面台がある。その向かいにトイレ。

 おれは洗面台の水栓を捻り、流れてきた水を両手に受けて、自らの手が不自然に鮮やかな色をしているのに気が付いた。

 なんとなく残念な気持ちになりながらも、両手に溜めた水を流して、手を洗う。しっかり乾いてしまった絵具は簡単には落ちない。

 しばらくもみ洗いして、なんとか落とした。

 自然な色に戻った両手で水を受け、ゆっくり飲んだ。水が下りていく痛みに、また咳が出る。口の中に残った水か唾液かは、飲み込む勇気がなくて吐き出した。洗面台全体に水をかけて、水栓を捻る。

鏡に映った、絵具でまばらに汚れた顔。どうしようもなく、少女の顔。肌は貧血でも起こしているかのように白く、髪の毛も顔色を真似るように色が薄い。ひ弱そうな見てくれとは対照的に、体は至って健康だ。持病がなければ風邪もあまり引かない。そんな少女――己の、絵具に彩られた顔へ息を吹きかける。

 さあ、お部屋のお掃除だ。