部屋は酷く乱れていた。無数のガラス片が散らばり、カンヴァスは破れ、辺りには折れた絵筆が散乱していた。けれどそれらには、吸い込まれるような、胸を締め付ける切なさを含んだ温かみが、不思議な魅力があった。

 「高野山君」と、静かな声がした。胸が震えた。

 「静……!」静が生きている。まだ、ここにいる。

 「静」

 「だめだ」と声がした。誰だかわからない。

 「大丈夫」とおれは答える。「大丈夫」と、繰り返した。

 少しずつ、慎重に、一歩ずつ、近づいていく。

 床に座り込んでいるその人は、強い苦痛に耐えるように、声を漏らしている。凍えるように震えていて、頬には透明な雫が流れている。

 「大丈夫、大丈夫」そう、きっと大丈夫だ。

 「高野っ……や……だめっ」

 その人の前に座って、その華奢な体を抱きしめた。少し痛かっただろうか、強すぎただろうか。でも、こうせずにはいられなかった。

 「やめ……だめ、離れて……」

 「大丈夫」と、おれは言い聞かせた。「大丈夫。おれも君も、大丈夫」

 肩口で、限りなく女性に近い嗚咽が聞こえる。小さな細い体は、凍えるように、怯えるように、まだ震えている。

 「大丈夫、大丈夫」

 「……あっ、あた……しは……」

 「うん、大丈夫」

 「ちがっ……ふつ、じゃない……」

 頬を、なにかが伝った。なにか、温かいもの。けれどそれは優しいものではなくて、胸の辺りが苦しくて仕方ない。言葉は、おれの思うよりうんと強い力を持っている。昨日、彼が言っていた言葉を思い出した。普通じゃない。そう言われたこの人は、どれほど苦しいだろう。

 「そんなことない」と必死に言った。「君は普通の子だよ。どこにでもいる、普通の人だ」

 「高野……山君……」

 喉が、はっと息を吸い込んだ。

 「静っ。静……?」

 顔を確認すると、その人は泣きながら、ふにゃりと笑った。

 「あたし……普通……?」

 「うん、普通だよ。どこにでもいる女の子だ」

 背に回っていた手が、ぎゅっとブレザーを握る。肩口に戻ってきた声が、なにか言った。「許して」と、おれには聞こえた。

 ブレザーを握る手に応えるように、おれは彼女を抱きしめた。「もう、いいよ。もう、苦しまなくていい」

 もう、辛い思いなんてしなくていい。