微かな頭痛を残して、頭の中の嵐は去った。ああ、そうだった。全部、思い出した。おれは、静なんかじゃない。四月二十一日生まれでもない。男でもない。どうしようもなく、夜久綸なんだ。六月十三日生まれの、夜久綸。血液型はAB型。

 蘇ったような記憶と事実が、どんどん飲み込んでいく。おれの世界を、染めていく。

 雷鳴が空を割るような音が聞こえるようだ。これで、すべてが終わってしまう。おれは、静はもう、死ぬんだ。高野山君の中に果たせない約束を残して、消えていくんだ。わかっている。おれは静なんかじゃない。わかっているのに、受け入れているはずなのに、どうしようもなく怖い。碌に呼吸もできない。体が震えて、必死に現実を拒絶する。

 会いたくなかった。在るべき場所に帰ることが、深い眠りに落ちることが、こんなにも怖いと思わなかった。高野山君なんて、知りたくなかった。いつ消えるか――いつ死ぬかもわからないのに、あんなに優しい人に出会いたくなかった。

ただ、“あたし”の散らかした部屋を片付けて、目が覚めた日には夜久綸として学校に行く。それだけでよかった。それだけの存在だった。そのはずだった。それが、どうして手を伸ばしてしまったのだろう。どうして、出会いたいと思ってしまったのだろう。君自身は誰だと尋ねる高野山君に、触れたいと思ってしまった。受け入れてほしいと思ってしまった。一人の人間に、成りたいと思ってしまった。

 「静」と呼ぶ声が、耳の奥に聞こえた。高野山君の声。ああ、幸せな最期だ。高野山君が呼んでくれている。一番最後に思い出すのが、その声でよかった。

 高野山君はこれからも生きていく。けれど、もういい。彼はこの体の持ち主に恋をしている。彼は、幸せになれる。それなら、この意識を手放すくらい、どうってことないのかもしれない。

 「静」と、新しい声がした。「静」、「静っ」と、何度も力強く響いてくる。

 深い眠気に目を閉じた時、ドアが開くような音が聞こえた。