久しぶりにこの部屋に入った。画材を詰め込んだ、絵具の匂いが染み着いた部屋。もう、おしまいだと思った。庭で絵を描いていたのを、あの男に見られた。あの男は、それを他人に話した。もう、姿の見えない主催者と二人だけの世界ではなくなってしまった。認められない、画家も名乗れないうちに、他人に知られてしまった。もう、おしまいだ。学校に行く度、絵のことを知っている人間に笑われるなんてごめんだ。あんな絵で画家を目指しているらしい、未だに認められてないんだから無理に決まっている――そんなわかりきったことを嘲笑で再認識させられるなんて、耐えられない。

 瓶を一つずつ割った。もう、絵は描かない。筆を洗わないのだから、必要ない。絵筆も折る。今まで何度も折ってきたのに、いやに硬く感じた。どれだけ力を込めても、折れない。腕に生暖かい雫が落ちて、泣いていることに気が付いた。ああ、やめたくないんだと思った。けれど、笑われながら描くなんてできるかと問いかけると、胸の内は首を横に振った。それなら、こうするしかない。そして、この後はもう、二度と画材屋へは行かない。

 鼻が詰まって、呼吸が乱れた。開いた唇から、無様な声が溢れる。

 瓶を割って、筆を折って、カンヴァスを破いた。イーゼルも壊した。もう、全部とさよならだ。決めたはずなのに、止まない雫は、喘ぐような声はなんだろう。もう、おしまいなんだよ、全部。わかるだろう、と問いかけると、雫と声は勢いを増した。帰りたくないと、お菓子が欲しいと駄々を捏ねる子供のように。まだ辞めたくない、終わらせたくないと、体が叫ぶ。でももう無理なんだよと、頭がそれを宥める。

 瓶の破片を握りしめると、痛みが少しだけ、終わりを認めさせた。芽吹くことなく種が迎える終焉を、少しだけ認めさせた。

 考えてもみろ、あたしは普通じゃないんだ。この世のものじゃない、恐ろしい、悍ましい化け物なんだ。普通の絵なんて、綺麗な絵なんて、描けるわけがない。みんなが認めてくれるような絵なんて、主催者が買ってくれるような絵なんて、描けないんだ。わかるだろう。

 嫌だと叫ぶ体に、破片を刺した。もう、終わりなんだ。あたしには、みんなに認めてもらえる絵を描くなんてできないんだよ。だって、みんなは普通の人間なんだ。あたしは違う。壊れた人間の成れの果て、化け物なんだよ。

 なあ。わかるだろう、あたし。