押村さんと二人、ぽつぽつと話していると、「うぃーっす」と青園がやってきた。彼女はおれと目が合うと、「うわ、高野山先輩ってば最低っ」と声を上げた。「夜久先輩という美人彼女が在りながら、こっちの美人もどきにまで手を出すなんて……」人として終わってます、と青園はわざとらしく口元に手をやる。

 「ちょっと待ってとせちゃん。今、私のことなんて言った? 美人……?」

 「もどき」と青園は当然のように答える。

 「それじゃあまるで、私が美人じゃないみたいじゃない」と押村さんが立ち上がる。

 「だって本当でしょう?」と青園。

 「そんな面して夜久先輩と張り合おうなんて、その度胸が、図太い鈍感な神経がすごいです」

 「なにっ……? 私、これでも綸と親戚なんですけど。いとこなんですけど」

 「うわまじで? ないですわあ……。そんな近い親戚でそんなに違うなんて……」

 神様って残酷ですね、と挑発して、青園は芝生の方へ走っていった。「このクソガキっ」と声を上げて、押村さんが後を追う。

 神様は残酷――。静が、自分が残るも消えるも神様次第だと言っていたのを思い出す。その神様が残酷なら……。考えるだけで身震いがした。

 おれは辺りを見回す。日垣は、日垣はまだこないのか。綸と同じクラスなのは、彼女しかいない。

 「青園」と、おれは芝生の方を振り返って叫んだ。

 「はいー?」と声が返ってきたので、「日垣見なかったか?」と尋ねる。「見てませーん」と言うので、礼を言おうとすると、「夜久先輩も見てないですよー」とからかうような色の滲んだ声が続いた。クソガキ、と言う押村さんの気持ちがわかった気がした。「あのクソガキ……」と小さく声に出す。

 「お疲れー」と日垣が出てきて、「今日夜久さんお休みー」と宣言した。

 反射的に、「まじ?」と声が出た。腰を浮かせてもいた。日垣はこくんと頷く。「体調不良って聞いたよ」

 「そうか……」

 綸や静の言う体調不良は、どんなものなのだろう。少なくとも、大げさな言葉ではないだろう。

 「会いに行く?」と、日垣がいたずらに見上げてくる。綸よりも五センチほど小柄な女の子らしい身長なので、特にからかっているわけではないのだろう。教室に自分よりも長身な人が少なくないおれよりも、十五センチは小さい。

 どうしようもなくて「……ああ」と頷く。

 「行ってらっしゃい」と、日垣は無邪気に笑った。

 「え、帰るんですか?」と青園の声がした。ぎくりとして振り返ると、すぐそばで取っ組み合いの喧嘩の一コマのような形で、押村さんと絡まっていた。

 「それ、戻れる?」と言ってみると、「ええ、押村先輩の腕を二、三本折れば」と青園は明るく笑う。「私の腕は二本なんだよ」と押村さんが低く返す。

 「じゃあ、おれは」と鞄を肩に掛けると、「(そら)」と押村さんの声に呼ばれた。振り返った先の押村さんは、腕が折れることなく青園と解けたようで、すらりと立っていた。その目には、様々な色が宿っていた。警告するような、なにかを託すような、優しく背中を押してくれるような、急かすような。おれはそれらをすべて受け取って、一つ、頷いた。

 思い切り、地面を蹴った。静に、綸に、会うために。そして静を、綸を、引き留めるために。