「誰、お前」と綸が言った。見れば、鋭い目でおれを見上げていた。おれは精一杯、重たい口角を持ち上げた。「あの日の忘れん坊だよ」と。

 「これはこいつと俺の問題だ。お前には関係ない」と、彼女は押村さんを顎で示した。

 「押村さんはおれの一部だよ」空っぽだったおれに、これほど激しい感情を灯したのだ。「胸の中がごちゃごちゃしてちゃあ気になってしょうがない」

 綸は一つ、舌打ちした。

 「なにも知らないのは、知ろうとしないのは綸の方じゃないの。押村さんが今までどんだけ綸のこと想ってたか知ってるの、もしくは少しでも知ろうとしたの。想像してみたわけ?」

 「高野」と押村さんの声が飛んでくる。

 「そこに一切目ぇ向けないで、自分の傷ばっかり見て、貶めてるのはどっちだよ」

 「高野やめて」と、押村さんの微かに震えた声が鼓膜を刺した。

 「私が悪いの。綸は私に怒ってるの」

 「……それなら、押村さんはなんで綸が怒ってるのかわかってるの」

 「助けてあげられなかった」と、押村さんの声が泣く。

 「なんでそう思うの」

 「だって、綸はこんな人じゃなかったもんっ」と、潤んだ大きな目が見上げてくる。「私が……私がもっと近くにいれば……」

 「俺は壊れてない」と綸は言った。怒鳴るようでもあり、静かに悲しむようでもあった。「お前が壊れたと言うから壊れんだよ」と声を投げ飛ばす。「その言葉が一番俺を壊してんだよ」と。

 「もっと自信持ちなよ」と言ったのは、ほとんど無意識だった。「あ?」と綸の声が反応する。彼女の目は、変わらず獣のようだった。

 「押村さんが壊れたって言うから壊れる? 違うでしょ。綸は壊れてないんでしょ? それなら、押村さんがなんと言おうがおれがなんと言おうが、壊れてないんだよ」

 ばか野郎、と綸は弱弱しく笑った。

 「言葉ってのはな、ばかみてえに強力なんだよ」と、彼女は言った。震えた声で、獣のような目に涙を浮かべて、静かに。

「お前が思ってるよりうんと強い力を持ってんだよ。どんっだけ悲しくたって、楽しいよって言えば、その人は楽しんでることになるんだよ。どんだけ楽しんでたって、怒ってるって、不快だって言えば、その人は楽しくねえんだよ。たった一回の言葉でそれだ。何回も何回も言われたらどうなる。ただでさえ脆弱な精神なんだ、壊れてるって言われたら、どんだけ自分で壊れてないって奮い立たせても、壊れちまうんだよ。だって、自分より他人の方がよく見えてんだから。自分の気づかないところから、壊れてくんだよ」