「ああ、そうか」と呟いたのは、押村さんだった。「私が謝るべきだったのは、あの日じゃなかったんだ」と。

 彼女はそっと、おれの視界に入ってきた。けれどこちらを向くこともなく、そっと、静かに、綸へ近づいていく。

 「綸」と、しゃがんだ押村さんが彼女へ手を伸ばした時、パシンと乾いた音がした。押村さんの腕が舞う。切り離されたわけじゃない。拒絶されたのだ。

 「なんのつもりだ」と綸が喚く。

 ひっ、と幽かな悲鳴が聞こえて、振り返った。日垣が今にも泣き出しそうな顔をしている。「日垣」と声を抑えて呼ぶと、彼女は怯え切った目でおれを見た。「今日は帰った方がいい」おれが、青園もと続けるより先に、日垣は首を振った。「そんなことできない」と。その声はほとんど泣いていた。けれど彼女は言った。「私は夜久さんが好きだから」と。「夜久さんのこと、まだなにも知らないから」と。「全部、ちゃんと知らないといけないの」とも言った。

青園を見ると、彼女はまっすぐに綸と押村さんを見ていた。「帰りませんよ」と、力強い声だけが返ってくる。「私も夜久さんも、のんびり部もどきの部員もどきなんですから」と。「これはある種、部の問題でしょう」とのことだった。