遅れて中庭に現れた静は、シャツの上に灰色のパーカーを着ていた。手元はポケットに隠れている。

 「お疲れ」と声を掛けてみれば、「お疲れ」と返ってきた。

 「綸?」と、おれの後ろから押村さんが言う。「どうかした?」と。

 「明美ってばずるいぞー、高野山君とそんなくっついちゃって」と静は女の子らしく言う。

 「高野山君はあたしのなんだからね」と言う静に、「知ってる。高野は綸にぞっこんだもん」と言う押村さんを「まじで⁉」と振り返ると、「やっぱりそうなんだ」と意地悪に笑われて、「くっそ」と呟く。わざわざ言わなかっただけで隠そうと思っていたわけではない、と自分に言い聞かせる。ただ、青園と日垣に知られたのは恥ずかしい。

 押村さんのそばにいる青園が、しつこく背中を叩いてくる。ああ、わかってるよ。静になにかあったんだ。

 隣のベンチの隅にこちらを向いてどかんと座り、細長い脚を組む。「今日はなにをするの、部長もどき?」と口角を持ち上げるその様子から、その人が静ではないことに気が付いた。あの日の少女だった。

 背後から恐怖に似た感情を感じる。青園が背中を叩くのも止んでいるけれど、それが日垣から発せられるものだと、なんとなくわかった。自分の中に湧き上がるそれとは、少し感じが違う。