静の部屋で、二杯のレモンティーを挟んで静と向かい合う。まったりと流れる沈黙が心地いい。

 「高野山君には、怖いものってないの?」ふと、静が言った。

 「うん……ないこともないよ」

 おれは、静がいなくなることがどうしようもなく怖い。静の生きている“世界”が壊れてしまうのが、堪らなく怖い。世界が壊れてしまったら、静はどうなる? 静がいなくなってしまえば、綸はどうなる? なにより、静のいない“世界”を認めた時の自分が怖い。静がいなくなるというのは、言わば親友が死ぬようなものだ。そんな事実に、耐えられる自信がない。

 「おれはね、結局のところ……ていうか、今は……」

 言葉が止んで、おれは静を見た。唇をきゅっと噛んでいる。

 「高野山君がいなくなるのが一番怖い」

 ふっと、笑ってしまった。「いなくなんかならないっしょ、おれは」

 「高野山君が、全部くれたんだよ。名前も、誕生日も、ある意味では、命だってそうだ」

 おれは小さく息を吸ったけれど、大げさだよ、と笑い飛ばすのは違うと思った。声には直さず、密かに吐き出す。

 「消えるのが怖くなったのは、高野山君に会ったからなんだってわかった。高野山君に、高野山君から貰った名前を呼ばれなくなるのが、それが聞こえなくなるのが……」

 「……おれも、怖いよ。『最高だ』って、静が笑ってくれなくなるのが。名前を呼んでくれなくなるのが。中庭で、話ができなくなるのが。あそこ、周りみんな女子だからさ。静といるのって気楽なんだよ」

 「……神様は、許してくれるかな。この世界に必要なくなった時、この世にいないおれを」

 「静はいるよ。この世に生きてるんだよ。だからおれと話してる」

 「そうだよね」と、静は力なく笑う。「うん、おれは生きてる。昨日だって確認したんだ。高野山君に名前を貰った日にも確認した」

 なあ、高野山君、と言う静へ、おれは手を伸ばす。静が生きていることを伝えたい。静がここにいることを、伝えたい。

 「きて」と伝えると、静はおずおずと手を差し出した。おれはそれを強く掴んだ。それを両手で包む。少し冷えているけれど、温度がある。生きている証。掴んだ瞬間の微かな震えもまた、彼が生きていることを示していた。

 「あったかい」と、静は言った。おれは何度も頷いた。

 「この世にいない人が、そんなことを感じられる? 静は生きてるんだよ。この世に存在してる」

 確かに、戸籍はないのかもしれない。その上では、夜久綸でしかないのかもしれない。けれど彼は、確かにこの世で生きていて、今、ここにいる。おれの手に、その手が触れている。そしてそれを感じている。これがこの世に存在しないことになるのなら、どうすればこの世に在れるだろう。

 「大丈夫。静は静だよ。ちゃんと生きてる」

 大丈夫、と、何度も言った。静がここに生きていることを、静自身に伝えたかった。