昼休み、ハンカチを畳みながらトイレを出ると、ちょうど隣の女子トイレから綸が出てきた。静ではなく、綸だと思った。けれど彼女は、おれと目を合わせると、途端に静になった。「高野山君」と言うその声が、聞きようによっては少年のものに聞こえる。

 「静……」

 彼は静かに微笑んで、細長い人差し指を自らの唇の前に立てた。秘密だよ、誰にも内緒だよ、と言われて喜ぶ子供のような表情だ。

 「会いに行こうと思ってたんだ」と言う彼は、随分と気分が良さそうだった。

 おれはハンカチをポケットにしまいながら、「そうなんだね」と答える。

 トイレの前を離れて、廊下の窓の方へ向かう。静もついてきた。

 窓の外を見ながら、あまりに楽しそうな様子なので、「元気そうだね」と言ってみた。「高野山君に会えたから」と言う声に少し顔が熱くなるのは、彼をどこかで綸であると認識してしまっているからか。しかし実際、女子の制服を着た彼は、少女にしか見えない。華奢な四肢、柔らかそうな肌、少年にしては長めな髪の毛。控え目ではあれど、女性らしく膨らんだ胸。おれより十センチほど小柄な、百六十センチを気持ち超えているかといった身長。どこからどう見ても少女だった。それも、あの日少年の胸倉を掴んでいた少女とは別の。

 「ねえ」と静はおれを見上げるようにする。「……学校でも……その、二人の時は……」

 白い頬を赤く染め、あの、と呟く彼を、「静」と呼んだ。花火が咲くように、ぱっと目が大きくなる。それから溶けるように細められ、おれが「そうしよう」と言うと、「ありがとう」と小さな声が言った。