付きまとっていた得体の知れない重みがすっと消えたような感覚。まるで、自分がこの世に実在する人間であるような気さえする。名前は静。誕生日は四月二十一日。年齢は? 苗字は? わからないまま。けれど、自分が生きているという感覚を、今、初めて感じている。名前と誕生日。おれは今、それを持っている。それがこんなにも幸せなことだとは知らなかった。

 見てみれば、空は綺麗だった。優しい水色をしていて、柔らかそうな雲が気まぐれに浮いている。手を伸ばせば、その雲にさえ届いてしまいそうに思えるくらい、なんでもできるような、すべてを得たような気持ち。

 高野山君は、あと何回、おれを呼んでくれるだろう。おれはあと何回、高野山君の声に応えられるだろう。この世でたった一人、おれを名前で呼んでくれる人の声に。

 これほど大きなものを得たのは初めてだった。とても嬉しいのに、どうしようもなく怖くもある。これを失うのが、怖い。高野山君の声が聞こえなくなるのが、高野山君と一緒にいられなくなるのが、高野山君を――忘れてしまうのが、怖い。