おれの知る限りを伝えると、彼は一言、「そうか」とだけ言った。

 「なーんか思い出しそうなんだけどなあ」と頭を掻く。

 「聞いたことのある話を久々に聞いて、初めてなのか二回目なのかわからない、みたいな」と茶化すように笑う。

 そうか。結局は綸も彼も同じ肉体の中にいるわけだから、なんとなく、互いの過ごした時間を知っているのかもしれない。

 不意に、彼がばっとおれを見た。少し呼吸が荒い。

 無理しない方がいいよ、とおれが言い切るより先に、彼は「君、見ると落ち着く顔してるね」と、どこか悲しく笑った。この人の作る笑顔はいつだって、どこか悲しい。綸だって、彼だって。

 「綸は、怒るかもしれない」と彼は言った。

 「押村さんに?」

 「うん。綸は多分、そういう人」

 「そっか」

 彼は静かに頷いた。

 「君は怒らないの?」

 「うん。彼女は、一緒にいてくれたんでしょう。それだけで満足だ」

 「そっか」

 何秒かの沈黙を、彼は「ねえ」と破った。「なに?」と応えると、また少し黙って、「やっぱりなんでもない」と言った。

 今度は、おれが「ねえ」と言った。「なに?」と彼が言う。

 「君……せいってどうかな」

 「セイ?」

 「名前。静かって書いて、せい」静かに笑うから、静かに話すから、(せい)

 「誕生日は今日。四月二十一日」

 彼はぷっと噴き出す。「名前、音が日本人じゃないみたい」と。

 「でも、気に入った。この世で、世界で一人だけ、高野山君だけが呼べる名前。それを高野山君が決めてくれた。そして、名前を持ったおれは今日、静として生まれた。高野山君に会ったから生まれた」

 最高だ、と彼は明るく笑った。