「さて」と彼は言った。「おれのことはもういいでしょう。この体と彼女の関係を教えて」

 もう一つ、気になることができた。綸は今、どこにいるのだろう。もしも彼が綸の居場所を知っているのなら、押村さんとの話は綸自身が片を付けた方がいいはずだ。

 彼は小さく笑った。「おれはこの世界の住人だ。神様の居場所は知らないよ」と。重ねて、「神様がおれを呼ぶことはあっても、おれが神様を呼ぶことはできない」とも。

 「神様は気まぐれなんだ。おれを引きずり下ろしたかと思えば、知らないうちに表に引っ張り出すこともある。そうすると、しばらく自分は引っ込んだままだ」

 「そっか」とおれは頷いた。そうするしかなかった。自分の中に他の人がいるという感覚がわからない。引きずり下ろすとか引っ張り出すとか、呼ぶとか呼ばれるとか、まるでわからない。けれど彼は、綸は、そういう世界に生きている。

 「……押村さんは、親戚だって言ってた。いとこだって。押村さんの、お母さんのお姉さんの、お子さん。それが」

 彼は、なるほどとでも言うように、目を細めた。

 おれは彼をなんと呼ぶべきか悩んだ。「綸でいい」と声が飛んできて、頷いた。

 「……綸は、親戚の中で孤立してたと。押村さんは、綸のそばにいたんだって。そして、くだらない話をしたって言ってた。そんな風に過ごしているうちに、綸は笑うようになったんだって。本当は控え目に笑うような人だったのに、ある時から――」

 「ちょっと待って」と声がして見れば、彼は顔をしかめ、頭に手を当てていた。大丈夫、と声を掛けるより先に、彼が「ごめん」と言った。

 しばらくそうしていて、時々考えるように視線を動かした。

 「……続けて」

 「……大丈夫?」

 「なにか思い出しそうだったんだけど……だめだった」

 教えて、と言われて、おれは息を吸い込んだ。