「では、そろそろ〝私〟の話をしましょう」

 いよいよとばかりに、飛鳥は言葉を溢す。
 4年前。
 俺との口論の末、喫茶店を飛び出し、新加と出会ったことで飛鳥の可能性は分岐した。

「4年前。会社が潰れた後、新加さんから機構に誘われました。その頃は目標を失っていましたからね。藁にも縋る思いで彼について行きましたよ」

 と、少し投げやりに話す彼女の姿を見ると、やはり後ろめたい気分になる。
 やめよう……。これ以上の自虐は何も生まない。
 罪悪感と自己満足は同義だ。
 そんな話を今彼女としたばかりだ。

「と言っても、初めて新加さんから話を聞いた時は正直戸惑いましたよ。特典なんて、常識的に考えればあり得ませんからね」

「俺はお前と再会した時からずっと思ってたよ」

「ですよね」

 飛鳥は笑みを溢しながら言う。
 さて、そろそろ俺からも踏み込むか。

「それにしても……、お前も特典保持者だったとはな」

「通常、職員が特典を保持することは禁じられています。しかし、私は例外として認められていましてね」

「新加はお前には与えていないと言っていたが」

「……先々代の理事長が金銭スキャンダルで矢面に立たされた時、こう言われたんですよ。『私はもうダメだ。新加を頼む』と」

 飛鳥の話によると、どうやら彼女に特典を付与したのは新加ではなく、先々代の理事長らしい。
 というのにも、相応の経緯がある。
 先々代の理事長と近かった新加は、後継として必ずしも歓迎はされていなかった。ましてやあの性格だ。新加の理事長就任を良しとしない勢力との後継争いにより、内部分裂に発展しかねない。だが、それでもなお新加の後継指名を覆さなかったのは、やはり彼にそれだけの器があると判断したからだろう。

 そこで先々代の理事長が目を付けたのは、特典の面会制度だ。
 久慈方さんも言っていたように、特典保持者は定期的に担当者(・・・)と面会をする義務があるが、実はこの制度には仕掛けがある。
 それは、担当を正式なカタチで引き継がなければ、機構から離れた後もその義務が消えることはない、というものだ。先々代の理事長はこの仕組みを利用し、定期的に飛鳥から機構の内情を聞き出す口実を得る。
 まぁ要するに特典そのものが目的ではなく、飛鳥と定期的に接触することに意味があった、ということだ。
 
「新加さんは優秀ですが、孤独な人でした。ですので、先々代の理事長も彼の身を案じていました。そこで私に白羽の矢が立った、というわけですね。もちろん、新加さんには内緒で。とは言え、ちょくちょく会っていたのは知っていたので、恐らく感づいていたとは思いますが」

 プライドの高い新加のことだ。
 表立って心配されれば、それはそれでやり辛いのだろう。
 先代の理事長も、そこに気を回したというのはまぁ納得できる。
 だが俺が本当に明らかにしなければならないのは、そこではない。
 
「なるほどな……。だが新加は俺とお前の関係(・・)までは知らなかった。それはどう説明つける?」

 飛鳥は言い淀む。
 いよいよ俺は、核心に触れる。

「私が特典を保持した目的には、機構の反乱分子を抑えるということも確かにありました。でも、本質は違う。もう一つの大きな理由。それは、私自身を守ること」

「……お前、自身?」

「元々、私がパラレルメイト持ちだということを知っていたのは先々代の理事長だけでした。そして彼は私にだけ、それを告げた。新加さんがそのことを知れば、近江さんを始末する可能性もありますから」

「だろうな」

「先々代の理事長は、近江さんが私にとってどんな存在かを知っていました。だから、特典保持者の名簿も新加さん本人には引き継がず、新加さんの側近である私に託した、というわけです」

 久慈方さんは、新加から飛鳥に引き継いだと言っていたが、それは飽くまで形式的なものだったのだろう。
 そうでもしないと、新加のメンツが保てない。

「それは分かった。だが、それがお前を守ることにどう繋がる?」

「考えてもみて下さい。この話は新加さんを煙たく思っている勢力にとって、またとないチャンス。世界線を脅かす存在の排除という名目で、近江さんではなく、真っ先に私を消しにかかるでしょう」

「まぁ……、そうかもしれないな」

「万が一、彼らに一連の話が漏れて追い詰められたとしても、特典を使えば一時的に時間軸から切り離されますからね。言ってみれば、特典は窮地に陥った時のための保険のようなものです」

「そうか。だが、それだと機構の立場が危うくなる。万が一、世界線を脅かす存在を匿ったことが知られれば、政府は黙っちゃいないだろ。それに根本的解決にはならない」

「そう、その通りです。ですから、近江さん。もう終わりにしましょう」

「お前……」
 




「近江さん、私を殺してくれませんか?」