「お前、今日も遅いな」

 ある日、俺が20時頃投資先から会社へ戻った時、まだ飛鳥はデスクで作業をしていた。

「はい、ちょっと先輩方から書類の整理を頼まれまして……」

 これ……、シュレッダー掛けるヤツじゃないのか?
 大方、後輩に抜かれた腹いせに嫌がらせされているってところか。

「ちょっと貸せ。手伝うよ」
「いえ! 私が頼まれたことなんで! 近江さんはお帰り下さい!」
「バカ。教育係の俺がお前より先に帰ると、課長にどやされんだよ。あの人お前のこと大好きだからな」
「そうですか……、すみません、ありがとうございます」

「……なぁ、ちょっと聞いていいか?」
「はい?」
「お前、どうしてこの会社を選んだんだ?」
「何ですか、それ? 面接かなんかですか?」

 フフッと悪戯な笑みを浮かべながら、彼女が答える。

「いや、お前って他のヤツらと明らかに違うからな。ポテンシャルもモチベーションも。ホラ、享保とかスゲェいい加減だろ? だから何がお前を突き動かしてんだか気になってさ」

 彼女の働きぶりを見れば、仕事だから頑張るの領域を超えているのは明らかだ。
 別に深い意味はない。単純な興味だ。
 すると、少し戸惑いながら、飛鳥は答える。

「……私、夢があるんです」
「ほー、それは?」
「……笑いませんか?」
「内容によるな」
「じゃあ話しません!」
「分かった分かった、安心しろ! 総理大臣だろうが世界征服だろうが笑わねぇよ」

 俺がそう言うと、彼女は渋々と言った表情で語り始めた。

「私、いつかは自分の会社を持ちたいんです。だから私この会社で沢山勉強して、早く一人前になりたいんです!」

 どんな突拍子もないワードが飛び出すからかと思い身構えたが、何のことはない。
 彼女が描いていたのは王道のサクセスストーリーだった。

「そ、そうか。でもそれなら何でウチなんだ?」
「2年前、資金繰りに行き詰っていたある小さな喫茶店を、この会社が救済したことは覚えていますか?」
「スマン、あったかもしれんが覚えてない」

「……そうですか。実はその喫茶店、私の地元で個人的にも凄く思い入れのあるお店でした。この会社が資金を提供してくれたおかげで、今でも経営は順調らしいです」

「そいつは良かったな」
「はい……。だから私は思ったんです。現状、実績や業績は思わしくなくても、世の中に確かな価値を提供している企業は山ほどあります。そんな企業を見抜いて、手を差し伸べられる会社なら、きっと私が得るものも大きいんじゃないかなって。もちろん、思い出のお店を助けてくれた会社に恩返ししたい気持ちもありますが」

 自分の想いを赤裸々に語った彼女は、心なしか居心地の悪そうな様子だった。

「そうか。まぁ、応援してるよ。早く独立出来るといいな」
「はい、それで父のような人たちを一人でも多く……」
「父のような?」
「い、いえっ、何でもありません! さっ、私の話なんてこれ以上している暇はありません。早く終わらせて帰りましょう!」
「あ、あぁ。そうだな」

 俺はそれ以上、踏み込むことはなかった。