「おはようございます」

 目を覚ますと、ネイビーのビジネススーツを身にまとった見覚えのある女性がベッドの横に立っていた。
 やれば出来るじゃねーか。
 こうして見ると、普通にデキるキャリアウーマンなんだけどな。
 ただこれまでの言動を踏まえると、違和感を感じないでもない。

「……おはよう。スーツ似合ってんな。それが向こうでのフォーマルなのか?」
「ありがとうございます。まぁ、そんなところですね」

 最初からそれで来いという言葉を飲み込み、俺は今日の準備を進めることにした。
 と言っても、軽く朝シャンする程度だが。

「先に出ていてくれ。軽く体流してから行くから」
「分かりました。それでは先に失礼します」

 浄御原を先に部屋から出し、俺はシャワーを浴びることにした。
 今日こそは殺人鬼の〝俺〟と何かしらコンタクトを取れるといいんだが。



 準備が整いホテルから出ると、何やら外が騒がしい。
 浄御原と……、誰だアレは?
 ここからでは目を凝らしても、男性ということしかわからない。

「だから人違いって言ってるじゃないですか!?」
「いや、お前は間違いなく―――」

 二人はホテルの2軒隣のコンビニの前で口論している。
 やはり少し距離が離れているので、ホテルの入り口の前からでは詳しい内容までは分からない。
 まぁ立ち聞きというのも趣味が悪いので、シレっと近づいてみるか。
 俺が二人に近づこうとすると、男性は諦めたのか浄御原から離れていった。

「何かあったのか?」
「……いえ、大したことではありません。それより早く〝近江さん〟を探しましょう」

 嘘つけ。
 しかし、これ以上踏み込んだところできっと収穫はないのだろう。

「そうだな。ちゃっちゃと探そうぜ。迷惑極まりないサイコ野郎を」
「そのサイコ野郎は〝近江さん〟なんですけどね」

 まず俺たちは一度このホテル街から離れ、俺のアパートがある隣町まで戻ることにした。
 考えてみれば、能動的に動くのは初めてだ。いつも向こうから面倒ごとをお土産にやってきたからな。
 アパートの最寄り駅まで着くと、いつもながらの殺風景な景色が俺たちを迎える。
 駅前にはコンビニが一軒と、自転車が十数台置ける狭い駐輪場があるだけで、大きな商業施設のようなものはない。
 家賃の都合上この街に住んでいるが、やはり不便さを感じずにはいられない。

「まぁまずは〝俺〟の部屋かな」
「近江さん、さりげなく部屋に連れ込もうとしてます?」
「3日連続ホテルに同伴しといて今更なんだよなぁ……」

 俺に罪を着せるだけ着せて、今頃ノウノウと部屋で寛いでいるのだろうか。
 当然だが、人を殺めた後の心境など想像もつかない。ましてや、その罪を他人に押し付ける輩の心情など知る由もない。
 そもそも俺は誰を殺したか。それもどういった経緯で殺人にまで至ったのか。
 本来、浄御原が把握していなければならないはずだが、トラブルが起こったことによって限られた情報しか手元にないのだろう。
 濡れ衣を着せられている以上、動くしかないのだがあまりにも手掛かりが少なすぎる。
 考えれば考えるほど、雲を掴むような話だ。

「そう言えば、一つ聞き忘れたことがあるんだが」
「何でしょう?」
「罪を被せられるのは分かったが、その場合この世界線で起きた事件はどういう扱いになるんだ?」
「永遠に犯人も証拠も見つからないままの未解決事件ということになりますね。ですから、必ず〝近江さん〟を見つけなければなりません……」
「そうだな……」
「まずは情報収集をしましょう。今のままでは目的の世界線かどうかさえ分かりませんから」

 俺たちはまず駅前に唯一あるコンビニに入り、店員に話を聞いてみることにした。
 幸いにも客は少ないようなので、あまり話が長くならなければ邪魔にはならないだろう。

「いらっしゃいま……」

 店内に入るなり、俺たちを、というより俺を睨んできた。
 嫌な予感がする。いや、むしろこれで話が進むわけだから喜ぶべきなのか。
 それとも。

「あのー、少し聞きたいことがあるんですが……」

 俺が話しかけるや否や、店員は身を乗り出し、胸倉を掴みかかってきた。
 見た目で判断するに恐らく女子高生のアルバイトだろう。
 ダークブラウンの長めのボブに、毛先にかけられたデジタルパーマが印象的なヘアスタイル。
 身長は浄御原と同じくらいか。
 こちらを覗き込むように睨むその視線は敵意に満ちていた。

「良くも平気でウチの前に現れたわね、この盗撮野郎っ!」

 こりゃまたハズレだな……。
 彼女に掴みかかられ、中腰状態になっている俺に浄御原は耳打ちしてきた。

「あの、何て言っていいかは分かりませんが……、まずは3冠、いえ4冠おめでとうございます」

 黙れ。つーか、コイツさりげなく援交もカウントしやがったか?
 しかし、マズイ。店内の視線が俺たちに集まってきてしまっている。

「……こちらとしては何のことだかサッパリなんだが、とりあえず放してくれ。絶対に逃げないから」
「ホントは今すぐ警察に突き出してやりたいところだけど……、分かった。バイト終わるまで待ってろし」

 客の視線を気にしたのか彼女は一応納得し、俺を解放した。
 意外に力強いんだよなぁ。
 彼女のシフトは朝の時間だけのようなので、俺たちは数十分ほど外で待っていることにした。

「待たせてゴメン……って、何でウチが謝んなきゃいけないわけ!?」

 知らんがな。

「あー、えーっと、とりあえずバイトお疲れ様。ココで話すのも何だからどこか店に入らねぇか?」
「近江さん、この辺店何もありませんよ」

 うっ。忘れてた。仕方ない。

「じゃあ俺の部屋、来ないか?」

 出会ったばかりの女子高生? を部屋に誘ってしまった。
 案の定、彼女は微妙な表情を浮かべている。
 だって仕方ないだろ!
 話長くなりそうだし、ココで立ち話ってのもアレだし。
 このためにわざわざ電車使って隣町に行くなんて間抜けだろ?
 心の中でアレコレ言い訳しながら、必死に平静を保った。

「でもそれだと一気に片付きますね。彼女も盗撮犯の〝近江さん〟と直接話せますし」

 ナイスフォローだ、浄御原。
 お前は出来るヤツだと信じてたよ。

「まぁそういうことだ。どの道行くつもりだったしな。部屋にいる確証はないが。あと盗撮は確定事項なんですかね……」
「……まぁ二人きりじゃないなら、いいけど」

 あれ? 意外に物分かりの良い子?
 何ならバイト終わった瞬間に通報される勢いかと思ったが。

「何? 行くんじゃないの?」
「いや、割とすんなり受け入れたから正直拍子抜けしてる……」
「何それ? 意味わかんない。あんたは逃げようと思えば逃げられたのに律儀に残ってたから、話だけは聞いてやろうと思っただけ」

 そういうことか。キミも大概律儀だよ。

「あっそ。そりゃありがとよ。んじゃ行こうか」

 また俺は意味のないボランティア活動に勤しまなくてはならないのか。
 そんな恨み言を心の中で溢しつつ、俺たちは重い足取りでアパートに向かった。