「じゃあ今度、お勉強教えてよ」
「うん、いいよ」
歌ちゃんは算数が苦手らしい。
特に文章問題になると、何が聞かれているのか分からなくなるそうだ。
歌が、「勉強教えて」と言ってきたその日、私は放課後彼女の家に遊びに行った。もちろん、「勉強を教えるため」だけどね。
「いらっしゃい、瞳美ちゃん」
歌は、学校から歩いて十分ぐらいしたところにある白い屋根のおうちに住んでいた。
玄関からは色とりどりの花が咲くお庭が見える。
きっと、歌のお母さんが毎日丹念にお手入れをしているのだろう。それが見て取れて、私は「いいなあ」と思った。
歌のおうちは、まるで童話に出てくるお城みたいに思えた。
そんな素敵な家に住んでいる彼女が羨ましかった。
「瞳美ちゃんこっち」
歌に促されるがままに彼女の家へと上がり、リビングに置かれたダイニングテーブルを指差して、「ここだよ」と私の居場所をつくってくれた。
「ありがとう」
にっこり笑って彼女の隣に座る私。
リビングを見回してみると、茶色い家具で統一された温かみのある部屋で、いるだけで居心地が良くなりそうだと思った。
歌のお母さんが、台所からオレンジシュースを持ってきてくれて、「好きなだけ飲んでね」と微笑んで言った。
なんて良いお母さんなんだろう、とまた憧れてしまう。
「それじゃあねぇ、ここから!」
テーブルの上に広げた算数ドリルの中で、掛け算の九九を使った問題を指差す歌。ちょうど担任の先生が、今日の宿題に指定した問題だった。
「うん、じゃあこの問題から一緒にやろ」
私も宿題をやらなければいけなかったため、とりあえずは一人で問題を解く。
九九さえ覚えていれば解けるような問題だったため、私はすぐに答えを出してしまった。
正面に座る歌も、「ウーン」と唸りながら問題文とにらめっこしていたが、手にはしっかりと鉛筆が握られている。
歌が、数分考えて「あーやっぱだめ! 分かんない!」と解くことを放り出すまで、私はリビングの窓から見えるお庭に目をやっていたのだけれど。
家に入る前に見た可愛らしい花たちがそよ風に揺れていて、ああ、やっぱり歌ちゃん家はいいな、と心底羨ましくなる。
私の家だって、別に際立って嫌だと思うところはない。
書店でパートをする母と、サラリーマンの父。
これだけ聞くと、書店なんかで働く母は大人しい人で、サラリーマンの父の方がよく喋る、という感じもするが、うちの場合は全く逆。
母の方が家ではよく仕事の愚痴やママ友との交流の話をし、父は寡黙で家にいるときもほとんど喋らない。
世帯収入もそれほど高くないし(もちろん小学生の頃はこんなこと知らなかった)、歌のような素敵なお家に住んではいない。
兄弟はいなくて一人っ子だ。
そんな、ごく普通のありふれた家庭——いや、どちらかと言うと少しばかり退屈な家庭で育った私には、まぶしかったのだ。
丹念に手入れされ美しい庭のある家と優しそうなお母さん(おそらく父親も優しいのだろう)の元で暮らす、彼女のことが。
「うん、いいよ」
歌ちゃんは算数が苦手らしい。
特に文章問題になると、何が聞かれているのか分からなくなるそうだ。
歌が、「勉強教えて」と言ってきたその日、私は放課後彼女の家に遊びに行った。もちろん、「勉強を教えるため」だけどね。
「いらっしゃい、瞳美ちゃん」
歌は、学校から歩いて十分ぐらいしたところにある白い屋根のおうちに住んでいた。
玄関からは色とりどりの花が咲くお庭が見える。
きっと、歌のお母さんが毎日丹念にお手入れをしているのだろう。それが見て取れて、私は「いいなあ」と思った。
歌のおうちは、まるで童話に出てくるお城みたいに思えた。
そんな素敵な家に住んでいる彼女が羨ましかった。
「瞳美ちゃんこっち」
歌に促されるがままに彼女の家へと上がり、リビングに置かれたダイニングテーブルを指差して、「ここだよ」と私の居場所をつくってくれた。
「ありがとう」
にっこり笑って彼女の隣に座る私。
リビングを見回してみると、茶色い家具で統一された温かみのある部屋で、いるだけで居心地が良くなりそうだと思った。
歌のお母さんが、台所からオレンジシュースを持ってきてくれて、「好きなだけ飲んでね」と微笑んで言った。
なんて良いお母さんなんだろう、とまた憧れてしまう。
「それじゃあねぇ、ここから!」
テーブルの上に広げた算数ドリルの中で、掛け算の九九を使った問題を指差す歌。ちょうど担任の先生が、今日の宿題に指定した問題だった。
「うん、じゃあこの問題から一緒にやろ」
私も宿題をやらなければいけなかったため、とりあえずは一人で問題を解く。
九九さえ覚えていれば解けるような問題だったため、私はすぐに答えを出してしまった。
正面に座る歌も、「ウーン」と唸りながら問題文とにらめっこしていたが、手にはしっかりと鉛筆が握られている。
歌が、数分考えて「あーやっぱだめ! 分かんない!」と解くことを放り出すまで、私はリビングの窓から見えるお庭に目をやっていたのだけれど。
家に入る前に見た可愛らしい花たちがそよ風に揺れていて、ああ、やっぱり歌ちゃん家はいいな、と心底羨ましくなる。
私の家だって、別に際立って嫌だと思うところはない。
書店でパートをする母と、サラリーマンの父。
これだけ聞くと、書店なんかで働く母は大人しい人で、サラリーマンの父の方がよく喋る、という感じもするが、うちの場合は全く逆。
母の方が家ではよく仕事の愚痴やママ友との交流の話をし、父は寡黙で家にいるときもほとんど喋らない。
世帯収入もそれほど高くないし(もちろん小学生の頃はこんなこと知らなかった)、歌のような素敵なお家に住んではいない。
兄弟はいなくて一人っ子だ。
そんな、ごく普通のありふれた家庭——いや、どちらかと言うと少しばかり退屈な家庭で育った私には、まぶしかったのだ。
丹念に手入れされ美しい庭のある家と優しそうなお母さん(おそらく父親も優しいのだろう)の元で暮らす、彼女のことが。