***
小さい頃から、やたらと音に敏感な子どもだった。
幼稚園での歌の時間や小学校の音楽の授業はもちろんのこと、それだけでなく、お母さんが包丁でキャベツを刻む音、登校中に後ろから歩いてくる人の足音、風の音、小さな虫の声、いろんな音が、私の世界を支配していた。
ちゃぷん……ちゃぷん……
小学校二年生の時だったか、放課後になっても、私はずっと教室に残っていることがよくあった。
ちゃぷん……ちゃぷん……
「ひーとーみーちゃーん」
瞳美ちゃんはなぜ家に帰らないのだろう、と不思議に思って最初に声をかけてくれたのが、同じクラスの歌ちゃんだった。
それでも最初は自分が呼ばれていることに気づかなくて、私は歌ちゃんのことを無視してしまっていた。
ちゃぷん、ちゃぷん……
「ひーとみちゃーん!」
大きな声で再び名前を呼ばれて、私は初めて彼女の存在に気がついた。
「わ、びっくりした」
慌てて振り向いた先にいた、二年一組でいちばん元気な女の子、佐渡歌を見て、「なーんだ、歌ちゃんかぁ」となぜかホッとしてしまう。
「なーんだじゃないよ〜。歌、瞳美ちゃんのこと二回も呼んだ!」
「そうだったの? ごめんね」
「ごめん」とか「ありがとう」とか、感情表現が苦手だった私は、とりあえず「えへへ」と笑ってごまかした。
「ま、いいけど!」
どうやら歌ちゃんは、あまり細かいことは気にしない性らしい。
もともと彼女とは出席番号も近く、そこそこ仲の良い方だったため、互いのちょっとの行き違いには慣れていたし、私の彼女も小さなことで腹を立てるようん性格ではなかった。
「瞳美ちゃん、なにしてたの?」
ちゃぷん。
歌からそう聞かれて、私は「あっ」ともう一度その音を意識してしまった。
「雨が、」
「雨? それがどうしたの?」
その日、確かに一日中雨が降っていた。
一時間目の国語の時間も、三時間目の音楽の時間も、五時間目の社会の時間も。
「雨が、うるさいなって……」
本当は、「うるさい」だなんていう言葉で表現するのが適切じゃないと分かっていた。
「うるさい」のではなく、どうしても「耳に入ってしまう」。
それを人は「うるさい」と言うのかもしれないけれど、私はそれもちょっと違うと思った。
なんだろう、気になる。
気になって、背中のあたりがむずむずする。
だから、どうしてそう感じるのかを、ずっと考えていた。
「ふーん」
歌が「それがどうしたの?」とでも言いたげな、はたまた「なんだそれ!」と呆れているような、何とも言えない表情で、私をじーっと見つめた。
彼女に自分の言いたいことが伝わったとは到底思えなかったが、私はまたしても、「ごめんそれだけ」と言いながら曖昧に笑ってみせるだけだった。
「そっかー。じゃあ、一緒に帰ろう?」
こくり、と首を縦に動かして彼女のお誘いに乗った私は、さっきのことをちょっとだけ後悔した。
あーあ私、変な子だって、思われたかな。
大人になった自分だったら、断固として「そんなことない」と言える。
その後、小学校時代で一番の仲良しとなった佐渡歌は、死ぬまで一生、“細かいことは気にしない”清々しい女の子だったから。
そう、彼女が中学二年生で死んでしまうまでずっと親友だった未来の私が言うのだから、間違いない。
小さい頃から、やたらと音に敏感な子どもだった。
幼稚園での歌の時間や小学校の音楽の授業はもちろんのこと、それだけでなく、お母さんが包丁でキャベツを刻む音、登校中に後ろから歩いてくる人の足音、風の音、小さな虫の声、いろんな音が、私の世界を支配していた。
ちゃぷん……ちゃぷん……
小学校二年生の時だったか、放課後になっても、私はずっと教室に残っていることがよくあった。
ちゃぷん……ちゃぷん……
「ひーとーみーちゃーん」
瞳美ちゃんはなぜ家に帰らないのだろう、と不思議に思って最初に声をかけてくれたのが、同じクラスの歌ちゃんだった。
それでも最初は自分が呼ばれていることに気づかなくて、私は歌ちゃんのことを無視してしまっていた。
ちゃぷん、ちゃぷん……
「ひーとみちゃーん!」
大きな声で再び名前を呼ばれて、私は初めて彼女の存在に気がついた。
「わ、びっくりした」
慌てて振り向いた先にいた、二年一組でいちばん元気な女の子、佐渡歌を見て、「なーんだ、歌ちゃんかぁ」となぜかホッとしてしまう。
「なーんだじゃないよ〜。歌、瞳美ちゃんのこと二回も呼んだ!」
「そうだったの? ごめんね」
「ごめん」とか「ありがとう」とか、感情表現が苦手だった私は、とりあえず「えへへ」と笑ってごまかした。
「ま、いいけど!」
どうやら歌ちゃんは、あまり細かいことは気にしない性らしい。
もともと彼女とは出席番号も近く、そこそこ仲の良い方だったため、互いのちょっとの行き違いには慣れていたし、私の彼女も小さなことで腹を立てるようん性格ではなかった。
「瞳美ちゃん、なにしてたの?」
ちゃぷん。
歌からそう聞かれて、私は「あっ」ともう一度その音を意識してしまった。
「雨が、」
「雨? それがどうしたの?」
その日、確かに一日中雨が降っていた。
一時間目の国語の時間も、三時間目の音楽の時間も、五時間目の社会の時間も。
「雨が、うるさいなって……」
本当は、「うるさい」だなんていう言葉で表現するのが適切じゃないと分かっていた。
「うるさい」のではなく、どうしても「耳に入ってしまう」。
それを人は「うるさい」と言うのかもしれないけれど、私はそれもちょっと違うと思った。
なんだろう、気になる。
気になって、背中のあたりがむずむずする。
だから、どうしてそう感じるのかを、ずっと考えていた。
「ふーん」
歌が「それがどうしたの?」とでも言いたげな、はたまた「なんだそれ!」と呆れているような、何とも言えない表情で、私をじーっと見つめた。
彼女に自分の言いたいことが伝わったとは到底思えなかったが、私はまたしても、「ごめんそれだけ」と言いながら曖昧に笑ってみせるだけだった。
「そっかー。じゃあ、一緒に帰ろう?」
こくり、と首を縦に動かして彼女のお誘いに乗った私は、さっきのことをちょっとだけ後悔した。
あーあ私、変な子だって、思われたかな。
大人になった自分だったら、断固として「そんなことない」と言える。
その後、小学校時代で一番の仲良しとなった佐渡歌は、死ぬまで一生、“細かいことは気にしない”清々しい女の子だったから。
そう、彼女が中学二年生で死んでしまうまでずっと親友だった未来の私が言うのだから、間違いない。