ようやく退屈な空きコマの時間が過ぎ、五限目の講義室に向かった。
「芸術学」の授業は、中世ヨーロッパから現在に至るまでの音楽史について学ぶという内容だった。この講義を選んだ理由はもちろん「彼女がいるから」に他ならないのだが、昔から音楽や絵画といった芸術方面にも興味があった俺は、一般教養で学ぶにはちょうど良いと思った。
講義室に入ると、早速雨宮さんの姿を見つけた。
一番後ろの窓際の席に座っている。最後列は人気の席なので、おそらく彼女はかなり早くから講義室に来ていたのだろう。
「雨宮さん」
「あ、早坂君」
やっほ、というほうに片手をひらひらさせて、彼女は俺に挨拶してくれた。
この間の自分と同じように、カバンを隣の席に置いていた彼女が俺に席を譲るためにカバンを膝の上に置いた。
「それだと狭くない?」
「ううん、大丈夫」
そうは言うものの膝の上にカバンを抱える彼女が窮屈そうに見えたので、俺は彼女に、
「それ、貸して」
と言って、彼女のカバンを自分のリュックの上に置いた。これなら汚れることもあるまい。
「ありがとう」
微笑む彼女を直視できない俺は、正面を向いたまま「おう」と短く返事した。
幅の広い緩めのパンツに、白い長袖のブラウスを着ている彼女は、周りにいる同級生の女の子と比べて、とても大人っぽく見える。
そんな彼女の隣に座ることのできる自分が誇らしかった。
「芸術学」の講義が終了すると、時刻は午後6時ぴったりで、窓の外では日が暮れかけていた。講義は思っていたよりも興味深い内容で、俺は今後もこの講義を受けるのが楽しみになった。それに、なんてったって、彼女が隣にいる。とても不純な動機だけれど、それだけでこの講義を受ける価値があるのだ。
「今日も長かったね」
目一杯伸びをしながら、彼女は「疲れたー」と声を漏らした。
「本当に、疲れたね」
「ね。6時までって、結構大変」
俺たちは荷物を整理して、講義室を後にした。
疲れた、大変だと口では言いながら、なぜか心は軽い。1日の疲れも、こうして彼女と最後の授業を受けるだけで癒されている自分がいた。
「あのさ、雨宮さん」
「なに?」
校舎を出て、大学の出入り口に向かって歩こうとした彼女が、くるりと後ろを振り返った。
「良かったら、これからご飯一緒に食べに行かない?」
自分でもなぜそんな勇気が出たのか分からない。
けれどもここ数日間、彼女や中島と話しているうちに湧いてきた彼女への気持ちと、自分から動かねば、という少しの気力が俺をここまで突き動かしたのだと思う。
「えっ、ご飯? もちろん、いいよ」
彼女は最初突然の誘いに驚いていたようだが、すぐににっこりと笑って承諾してくれた。
「本当!? じゃあ、行こう!」
「うん」
言葉数としてはそんなに多くない。
俺と彼女の間には、言葉よりも先に共感や親しみが湧き出ているだけなのだ。
さて、これから彼女とどこに行こうか。
俺は自分の頭の中で、沸き立つ喜びや高揚感をしっかりと噛み締めながら思った。
「芸術学」の授業は、中世ヨーロッパから現在に至るまでの音楽史について学ぶという内容だった。この講義を選んだ理由はもちろん「彼女がいるから」に他ならないのだが、昔から音楽や絵画といった芸術方面にも興味があった俺は、一般教養で学ぶにはちょうど良いと思った。
講義室に入ると、早速雨宮さんの姿を見つけた。
一番後ろの窓際の席に座っている。最後列は人気の席なので、おそらく彼女はかなり早くから講義室に来ていたのだろう。
「雨宮さん」
「あ、早坂君」
やっほ、というほうに片手をひらひらさせて、彼女は俺に挨拶してくれた。
この間の自分と同じように、カバンを隣の席に置いていた彼女が俺に席を譲るためにカバンを膝の上に置いた。
「それだと狭くない?」
「ううん、大丈夫」
そうは言うものの膝の上にカバンを抱える彼女が窮屈そうに見えたので、俺は彼女に、
「それ、貸して」
と言って、彼女のカバンを自分のリュックの上に置いた。これなら汚れることもあるまい。
「ありがとう」
微笑む彼女を直視できない俺は、正面を向いたまま「おう」と短く返事した。
幅の広い緩めのパンツに、白い長袖のブラウスを着ている彼女は、周りにいる同級生の女の子と比べて、とても大人っぽく見える。
そんな彼女の隣に座ることのできる自分が誇らしかった。
「芸術学」の講義が終了すると、時刻は午後6時ぴったりで、窓の外では日が暮れかけていた。講義は思っていたよりも興味深い内容で、俺は今後もこの講義を受けるのが楽しみになった。それに、なんてったって、彼女が隣にいる。とても不純な動機だけれど、それだけでこの講義を受ける価値があるのだ。
「今日も長かったね」
目一杯伸びをしながら、彼女は「疲れたー」と声を漏らした。
「本当に、疲れたね」
「ね。6時までって、結構大変」
俺たちは荷物を整理して、講義室を後にした。
疲れた、大変だと口では言いながら、なぜか心は軽い。1日の疲れも、こうして彼女と最後の授業を受けるだけで癒されている自分がいた。
「あのさ、雨宮さん」
「なに?」
校舎を出て、大学の出入り口に向かって歩こうとした彼女が、くるりと後ろを振り返った。
「良かったら、これからご飯一緒に食べに行かない?」
自分でもなぜそんな勇気が出たのか分からない。
けれどもここ数日間、彼女や中島と話しているうちに湧いてきた彼女への気持ちと、自分から動かねば、という少しの気力が俺をここまで突き動かしたのだと思う。
「えっ、ご飯? もちろん、いいよ」
彼女は最初突然の誘いに驚いていたようだが、すぐににっこりと笑って承諾してくれた。
「本当!? じゃあ、行こう!」
「うん」
言葉数としてはそんなに多くない。
俺と彼女の間には、言葉よりも先に共感や親しみが湧き出ているだけなのだ。
さて、これから彼女とどこに行こうか。
俺は自分の頭の中で、沸き立つ喜びや高揚感をしっかりと噛み締めながら思った。